「監査等委員会」で消えるか監査役

月刊ファクタの6月号(5月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。

オリジナル→http://facta.co.jp/article/201506011.html

企業経営のチェック役として最後の一線を担う監査役に、参考になる話題の提供を心掛けてきたこの連載も50回。最終回を迎えるにあたって、最後は監査役制度そのものの行方について考えることにしたい。

改正会社法が5月1日に施行され、日本企業が選択できるガバナンスの形態がひとつ増えた。監査等委員会設置会社と呼ばれるもので、社外取締役過半数を占める「監査等委員会」が、経営監視に当たる仕組みだ。監査等委員会を置けば、従来の監査役監査役会は不要になり廃止することができる。

日本の上場企業の大半は監査役を置く「監査役設置会社」だったが、6月の株主総会で、この監査等委員会設置会社に移行する企業が相次ぎそうだ。新聞報道などによると移行を決めた会社は既に100社を超えたという。この流れが加速するようだと、日本から監査役が消えることになる可能性も出てくる。

だが、それで日本企業のガバナンスは向上するのだろうか。長年、監査役制度に厳しい注文を付けてきた久保利英明弁護士も、新しい制度に懐疑的なひとりだ。「監査等委員会設置会社が、本当に監査役設置会社よりガバナンスの面で上なのか。実は下なのではないか」と疑問を呈する。

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かつては「閑散役」とすら揶揄されていた監査役だが、バブル崩壊後に企業不祥事が表面化したことなどをきっかけに、数度にわたって強化策が取られてきた。どうせ社長が選んでいるのだから、監査役が厳しい事を言えるはずはない、というのが長年の風潮だったが、株主総会に選任議案を出す時は監査役監査役会の同意が必要になった。

また、監査役の任期も延長され、今では任期が4年になった。取締役の任期は逆に短くなり1年にする企業が増える中で、4年という監査役の任期が持つ意味は非常に大きくなった。

また、大会社の監査役の半数以上は社外監査役であることが義務付けられている。総数が3〜4人なら2人、5人の場合は3人が最低でも社外でなければならない。

監査役会の下に直属のスタッフを持つ会社も多く、監査役に様々な情報が入ってくるような仕組みになった。「取締役よりも、長期にわたって取締役会に出席している監査役の方が社内事情に通じているケースも増えた。また、会計士などからの情報も監査役の方が入ってくる」と久保利氏は言う。

では、新しく誕生する監査等委員会は、従来の監査役会以上の働きができるのだろうか。委員会に所属する社内取締役が、これまでの常勤監査役と同じ役割を担うことになるが、取締役を選ぶ社長の顔色を見る人物が就任すれば、本当にチェックが働くのか疑わしい。それこそバブル崩壊前の、弱かった時代の監査役に戻ってしまう可能性もありそうだ。

そもそも監査等委員会設置会社が生まれたのは、2003年に生まれた委員会設置会社(今回の改正に伴い、指名委員会等設置会社に名称変更)が不発に終わったことが大きい。指名委員会、報酬委員会、監査委員会の三つの委員会を置き、いずれも社外取締役過半数を占めることとされた。取締役会は経営監視に徹し、業務執行は執行役が担う。いわゆる欧米型のガバナンス制度を目指したのだが、ピークで71社が採用したものの、その後減り、現在は60社に満たない企業しか採用していない。

日本固有の仕組みである監査役設置会社から、委員会設置会社へ徐々に移行していくとみていた法務省会社法学者の思惑が外れたのである。

多くの企業が移行を躊躇した最大の理由は指名委員会だった。社長の権力の源泉は人事権である。これを事実上手放し、社外取締役に委ねることになりかねない指名委員会の設置に、経営者の多くが踏み切れなかったのである。それならば、とできあがったのが、監査委員会だけを置く委員会設置会社だったというわけだ。

当初は、欧米のガバナンス制度とは大きく違う監査等委員会設置会社は広がらないという見方もあった。ところが蓋を開けてみれば三菱重工業など大企業でも移行するところが出てきた。これはどういうわけか。

最大の理由は、社外取締役の増員圧力がここへきて高まっていることがある。改正会社法では義務付けこそ見送られたものの、社外取締役を置かない場合には「置くことが相当でない理由」を株主総会で説明しなければならなくなった。

また、金融庁東京証券取引所が合同で作ったコーポレートガバナンス・コードでは複数の独立社外取締役を置くことが望ましいとされた。今年の株主総会で、社外取締役を増員せざるを得ない状況に多くの企業が追い込まれたのである。

前述の通り、監査役は既に半数が社外である。監査等委員会設置会社に移行して、社外監査役をそのまま社外取締役に移行してしまえば、複数の社外取締役という要件を満たすことができる。

もちろん、移行する企業も数合わせだけを狙っているわけではない。監査役制度に固執するよりも、世界に理解されやすい社外取締役による監査に移行した方が今後グローバルに活動するには都合が良いという判断もある。従来の監査役会のスタッフを監査等委員会のスタッフとして残すなど、新たな工夫をする企業も生まれている。従来の監査役制度よりもガバナンスの強化につなげようという努力である。

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日経平均株価が一時2万円を超えた背景には、海外投資家の日本企業のガバナンス改革への期待があることは間違いない。社外取締役の積極的な導入で取締役会の緊張感が高まり、不採算事業の整理などが進めば、日本企業のROE株主資本利益率)は高まる可能性がある。

本当に監査等委員会設置会社への移行がガバナンスの強化につながるのなら、こうした投資家はその企業を評価するに違いない。つまり株価は上昇するはずだ。市場が監査等委員会設置会社を評価する動きが広がれば、ますます監査役設置会社から移行する流れが加速する。だが、そうなっても、長年にわたる監査役制度改革によって鍛えられた監査役の知恵は求められ続けていくことになるだろう。

毎回、小難しい話に長年お付き合いいただいた読者の皆様に、心より感謝申し上げます。