10億20億は当たり前になってきた 日本初の経営者報酬コンサル会社代表に聞く 「経営者・取締役報酬高額化 私はこう考える」

3月期決算企業の株主総会がほぼ終了した。上場企業のあるべき姿を示したコーポレートガバナンス・コードが施行され、社外取締役2人以上を株主総会で選ぶ企業が大幅に増えた。一方で、欧米ではガバナンス強化のひとつの柱である取締役報酬関連の開示はまだまだこれから。日本でも巨額の報酬を支払うケースが出始めているだけに、透明性をどう確保するかが問われている。日本初の独立系経営者報酬コンサルティング会社であるペイ・ガバナンス日本の阿部直彦代表に聞いた。(聞き手はジャーナリスト 磯山友幸

日本企業のガバナンスが変わり始めた

 問 コーポレートガバナンス・コードが制定され、社外取締役の導入が進むなど日本企業のガバナンスが大きく変わり始めたようにみえます。

阿部 変化のうねりは大きいと思います。日本企業はゴールを決められると一斉に動く傾向があるので、ガバナンスコードに従うように、少なくとも形は整える作業が始まったのではないでしょうか。問題はそこに魂を入れられるかどうかですね。

 問 阿部さんは取締役の報酬決定ルールなどを透明化することでガバナンスを効かせる「報酬ガバナンス」が重要だと仰っていますね。

阿部 金融庁東京証券取引所が共同事務局を務めた有識者会議で決まった今回のガバナンス・コードには、情報開示に関する原則のひとつとして経営者報酬が取り上げられています。これによって上場企業は「取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続」を開示し、主体的に情報発信することが求められるようになりました。

コードはOECDコーポレートガバナンス原則を踏まえて決められたことになっていますが、本当はOECDでは原則の見直しが行われている最中でした。見直しで大きく前進した報酬の部分については、今回のコードでは意図的に外したようにも見えます。

 問 OECDの改訂議論は無視した、と。

阿部 これまでのOECD原則では「経営陣に対する報酬の方針について、株主自らの意思を周知することができるべき」となっていましたが、まとまりつつあった原案では「経営陣に対する報酬について、年次株主総会における投票を通じて株主自らの意思を周知することができるべき」となっていました。日本のコードでは「報酬の方針」を開示するところで止まっています。日本の経営者の間で反発が強い報酬ガバナンスについては、まだまだ慎重姿勢だったということでしょう。

 問 そうでなくてもガバナンス・コードの制定には反対論がありました。しかし、報酬の方針開示も第一歩と言えるのではないでしょうか。

阿部 もちろんそうです。これまで内規などで報酬方針を作っていたところは取締役会で決議するなど対応を迫られるでしょう。また、コードでは「経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである」という一文も盛り込まれました。

中長期的な成長と報酬をリンクさせるように、報酬規定の見直しが必要になる会社も少なくないでしょう。いずれにせよ、株主や投資家に開示されるわけで、きちんと納得が得られる透明性の高いルールを作らなければなりません。

報酬は高額化するべきだ

 問 世界に比べて安いと言われ続けてきた日本企業の経営者報酬もだいぶ変わってきました。

阿部 日本企業の成長の源泉が海外市場になってきたこともあり、外国人幹部の取締役への登用が増えています。旧来の日本ムラの中だけで取締役を選んでいる間は、それほど多くない報酬でも、退任後の顧問や相談役としての待遇も含めて考えれば良かったかもしれません。

しかし、多額の報酬をもらうのが当たり前という外国人の登用が進んで、日本ムラにも異質な人たちが入ってきている。それをどうガバナンスしていくかが問題になっています。日本の現行の制度では対応できない問題点も出てきていると思います。

 問 オリックス宮内義彦シニアチェアマンが54億7000万円の報酬を得て、役員報酬の国内最高額だと話題になっています。

阿部 宮内さんは45年間取締役をやってこられた。54億円のうち44億円は功労金だそうですから、1年で割れば1億円。欧米のように当時から株式での報酬などをもらっていたと仮定すれば、会社も成長しているのですから、ケタが違う報酬になったはずです。私は経営能力を発揮し、企業を成長に導いた人は、報酬をたくさんもらうべきだと思います。

 問 ソフトバンクのニケシュ・アローラ副社長が165億円あまりの報酬を受け取っていたことや、日産自動車カルロス・ゴーン社長兼CEO(最高経営責任者)の報酬が10億円を超えたことも話題になりました。

阿部 報酬ガバナンスを効かせるためには、報酬がどうやって決まっているのか報酬方針を決定し開示するだけでなく、その結果、いくらの報酬が支払われたのか株主や投資家がチェックできる仕組みが必要です。今、日本では報酬1億円以上の取締役に限って開示されていますが、取締役でない幹部経営者の場合、開示されません。

また、取締役の報酬についても総額の枠を株主総会で事前に承認するやり方が一般的になっていて、それぞれの報酬支払について株主の議決を経ているわけではありません。報酬があまりにも巨額になってきたことで、株主に賛否を聞かないのはおかしいのでは、という話になってくるでしょう。

「セイ・オン・ペイ」をご存じか

 問 先ほどのお話で、OECD原則の見直しでは総会の投票で株主の意思を周知するとありました。

阿部 セイ・オン・ペイと言って、報酬について株主総会で賛否を聞く方法が米国や英国、ドイツで広がっています。議決ではなく、強制力は持たないケースが多いとされますが、仮に反対の声が大きくなれば、報酬額を決める報酬委員会のメンバーに対するプレッシャーになります。

巨額の報酬が、きちんと企業を成長させた対価として払われているかどうかも大事です。業績が悪化しているのに巨額の報酬を固定的にもらうような仕組みでは、経営者に何のプレッシャーもかかりません。経営者自らが安易に巨額報酬を手にするような「お手盛り」がまかり通らないようにするには、ガバナンス・コードの見直しなど制度にさらに磨きをかけていく必要があります。

 問 経営者報酬コンサルタントというのはあまり聞かない役割ですが。

阿部 経営者の報酬を決める際に、コーポレートガバナンスの視点からアドバイスする仕事です。もともと人事コンサルティング会社などが行っていましたが、仕事をもらっている経営者の報酬を決めるのでは利害相反が起きかねません。

最近は報酬委員会が直接、独立系報酬コンサルタントを採用するケースが増えています。今後、日本でもコーポレートガバナンスの強化を巡る議論が進んでいけば、経営者報酬の透明性をどう高めていくかが不可欠になると思います。

阿部直彦(あべ・なおひこ) 1985年應義塾大学商学部卒業、ピートマーウィックミッチェル(現KPMG)入社、ロサンゼルス事務所の報酬制度コンサルティング部門ディレクターなどを務める。97年タワーズペリン(現タワーズワトソン)に移り、マネージングプリンシパル駐日代表を務めた。経営者報酬コンサルティングの分野では日本における草分け的存在。2013年11月に日本発の独立系経営者報酬コンサルティング会社としてペイ・ガバナンス日本を設立、代表取締役マネージング・パートナーに就任。著書に『会社を変える報酬改革』(東洋経済新報社)など。日本取締役協会で「経営者報酬ガイドライン」のワーキンググループリーダーなども務める