憲法、原発、経済…やるべきことを投げ出した  「志」を失った安倍首相を支持する理由が見当たらない

現代ビジネスに8月12日にアップされた原稿です。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44689

覚悟なき宰相

「志を果たして いつの日にか帰らむ 山は青き故郷 水は清き故郷」

8月2日。山口県きらら浜で開かれていた世界スカウトジャンボリー。大会期間中のメインイベントであるアリーナ・ショーで、世界152ヵ国から集まった3万人あまりの参加者が声をそろえて「故郷」を歌った。ロイヤルボックスには皇太子殿下、その後ろには安倍晋三首相が陪席していた。山口は安倍首相の「故郷」。そこでの大合唱をどんな思いで聞いていたのだろうか。

安倍内閣の支持率が低下を続けている。8月10日に発表したNHK世論調査では、安倍内閣を「支持する」と答えた人が37%に低下。「支持しない」と答えた人が46%に達した。

5月の調査では支持が51%、不支持が32%だったから、大幅な低下である。2012年12月末に安倍内閣が発足して以来、支持が不支持を上回っていたが、7月に初めて逆転、8月の調査ではその傾向が鮮明になった。

国民が安倍首相に不信感を抱き始めたのは、安倍首相が本当は何をやりたいのか、つまり安倍首相の「志」は何なのかが、判然としなくなってきたからではないか。

安全保障関連法案の審議についても「説明が不十分」といった声が圧倒的に多かった。法案審議に116時間余りを費やしたにもかかわらずだ。なぜ、集団的自衛権の行使容認が必要なのか、安倍首相自身の言葉に説得力が欠けているからだろう。

「支持率10ポイント下落は覚悟の上だ」と首相周辺は語っていた。安保関連法案の採決を強行すれば、支持率は下がる。それでも安保法制の整備は不可欠だという「覚悟」を首相周辺は持っていた。

安倍内閣の支持率が急落したケースが過去3回ある。

まず、特定秘密保護法強行採決したことで、2013年11月に60%あった支持率が一気に50%に下落した。2回目は集団的自衛権を容認する閣議決定を行った時。2014年7月に支持率は47%と初めて50%を割った。3回目は小渕優子経産相らが辞任に追い込まれた2014年11月。支持率は44%にまで下落、不支持率は38%にまで迫った。そして今回である。直近のピークの51%と比べると14ポイントも下落したことになる。

安倍首相は政権を賭してまで何をやろうとしているのか。

しばしば「憲法改正」が安倍首相の「志」だと言われてきた。祖父の岸信介・元首相の悲願だったというわけだ。だが、早々に安倍首相は憲法改正の旗を降ろし、憲法解釈によって集団的自衛権の行使を容認する方向に転換した。安保関連法案が通ったところで、安倍首相は「志を果たした」とは言えないのではないか。

原発再稼働ではリーダーシップを放棄

2011年3月11日の東日本大震災以来、日本にとって最大の懸案だった原子力発電のあり方についても、安倍首相の信念は感じられない。

8月11日、鹿児島県にある九州電力川内原発1号機が再稼働した。安全性をチェックする原子力規制委員会が認めたものを、事業者である電力会社が稼働させたというスタンスを取り、政府が稼働にゴーサインを出したという姿勢を極力排除した。安倍首相が夏休みを取って官邸を離れていたのは、計算ずくのことに違いない。

枝野幸男民主党幹事長は「政府がしっかり責任を取る姿勢が見えない中での再稼働には到底納得できない。事業者任せ、自治体任せだ」と噛みついたが、もともと政府主導色を払拭しようとしてきたのだから当然のことだ。つまり、安倍首相は原発再稼働問題で泥をかぶる気はさらさらないのである。

原発について安倍首相は、「安全性が確認されたものから順次再稼働させる」と言い続けてきたが、将来にわたって原発をどうしようと考えているのか、まったく発言しない。原発の老朽化はどんどん進むが、建て替え(リプレース)や新増設の話は封印したままだ。つまり、原発問題でも安倍首相はリーダーシップを放棄している。ここにも「志」は感じられない。

首相就任以来、言い続けてきた「経済最優先」という言葉も色あせてきた。自らの経済政策をアベノミクスと名付け、大胆な金融緩和と機動的な財政出動、規制改革による成長戦略の実現を掲げてきた。金融緩和によって円安・株高が実現し、デフレからの脱却が実現しつつあるものの、財政出動古い自民党を彷彿とさせるバラマキの復活につながり、規制緩和などの構造改革は遅々として進んでいない。

特に、首相の関心事が安保関連法制など移るに従って、霞が関も規制改革から手を抜き始めた。消費増税の影響も長引いて、国内消費が盛り上がりに欠ける中で、国民の間の景況感はなかなか改善していない。アベノミクスを貫徹し、日本経済を復活させることが安倍首相の「志」だったのかどうか、ここにも疑問が生じている。

それでも首相周辺の危機感は薄い。過去3回の支持率急落も、短期間で回復しているからだ。抜き打ちの総選挙で、「民主党政権よりはマシ」「アベノミクスに期待するほかない」といった国民の深層心理を刺激したからだ。

安倍内閣の不支持率が高まっても、自民党の支持率は目立って落ちていない。政権の受け皿になりうる野党が不在の中で、支持率が落ちたからといって、そう簡単に政権の座から転げ落ちるとは考えていないのだろう。

だが、政治家が本気で国民の支持を得ようと思えば、政治家本人の「志」を明かして、自らの思いに共感を呼びかけるのが王道なはずだ。目の前の現実に流され、リーダーシップを発揮しようとしない安倍首相の支持率低下は、そう簡単には収まらないようにみえる。