株価復活のカギは「変わる日本」を示し続けられるか否かだ 国家戦略特区の改正法が9月1日施行


 安倍晋三内閣が再び「経済最優先」に軸足を戻そうとしている。戦後70年の首相談話も難なく乗り切り、9月中旬には懸案の安全保障関連法案も成立する見通しだ。安倍氏自民党総裁任期は9月末で切れるが、石破茂氏が総裁選不出馬の意向を固めたとされることから、続投が確実な情勢になった。

 ここを乗り切れば、後は来年7月の参議院議員選挙に向けて、支持率を回復していくのが内閣にとって最重要課題になる。そのカギを握るのは、何といっても景気回復である。安保関連法案などに移していた力点を、経済に戻すことが不可欠という認識で首相周辺は固まっているという。

 問題は、景気浮揚のために何をやるかだ。今年4〜6月期の実質の国内総生産GDP)が前の期に比べてマイナスになったことで、大型の補正予算を組むべきだという声も出始めた。昨年4月の消費増税や、円安による生活必需品の価格上昇が響き、家計消費が停滞している。これをテコ入れするためにも、弾力的な財政出動が不可欠だというわけだ。だが、いったい何に政府のカネを使うべきか。

イデアが弾切れ

 実のところ、「アイデアが弾切れ」(経済産業省の幹部)という嘆きが聞こえる。安倍内閣発足以来、成長戦略の策定など、経済政策の根幹は経産省発のアイデアが中心だったが、企業への助成金などバラマキとも思えるほど潤沢にカネを使ってきた。

 どうやったら国民の懐を温めることができるか。公共事業は既に大幅に増えているが、オリンピックに向けた民間の建設需要も旺盛で、建設現場の人手不足が深刻化し、予算を積み増しても消化できない状態になっている。苦肉の策として生まれたのが、全国の自治体で発行が相次いでいるプレミアム付き商品券。個人の懐を直接温める効果はありそうだが、新たな消費を生み出すのか疑問視する声もある。

 遠回りなようだが、規制改革などを進めて新しいビジネスや産業を生み出していくというのが王道であることは間違いない。安倍首相が主導してきたアベノミクスの第3の矢、「民間投資を喚起する成長戦略」である。

 その「1丁目1番地」は規制改革だ、岩盤規制を打ち破る、と就任以来、折に触れて語ってきた首相だが、今年春ごろから、そうした発言はめっきり減っていた。6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2015」もインパクトに乏しかった。6月24日に日経平均株価が2万952円の年初来高値を付けて以降、株価の上昇トレンドに変化が生じたのも、安倍首相の「経済最優先」という姿勢が揺らいでいるのではないかという見方が、海外投資家の間で広がったことがあったのは間違いない。

 中国・上海株の急落で、大きく下げた日経平均株価を早期に回復軌道に乗せるためにも、安倍内閣としても、もう一度「経済最優先」を強く打ち出し、「日本は変わる」という改革ムードを示す必要性に迫られているのだ。

 その「規制改革」の象徴とも言えるのが「国家戦略特区」である。アベノミクスの規制改革の「目玉」として誕生したもので、2013年12月に成立・施行された法律で規定された。新たな産業を創り、雇用を生むことを目的に、特区内に限って規制を緩和する制度だ。その「改正特区法」が7月8日に成立、9月1日に施行されるのだ。

 これまで特区は、東京圏、関西圏、沖縄県、福岡市、新潟市兵庫県養父市の6地域が指定されていたが、今回の改正で愛知県、仙台市秋田県仙北市の3地域が新たに加わった。指定地域の拡充が行われたのである。

 それと共に、規制緩和項目も追加された。規制緩和の目玉の1つが「医療」分野である。安倍首相が農業や雇用制度と共に「岩盤規制」と名指ししてきた分野で、既得権を握る医師会などの反対で規制改革が遅れてきた。

 今回の改正で可能になるのが、外国人医師の受け入れである。これまで大病院に限っていたものを、地域に根差した「クリニック」などの診療所でも可能にした。

特区で外国人医師の診療が可能に

 日本国内での診療を外国人医師に認めることには医師会などが強く反対している。このため、医療分野での国際交流を前提にした「臨床修練制度」という従来からの仕組みを活用。これまでは「指定病院との間で緊密な連携体制が確保された診療所」という制限が付いていたものを、指導医による指導監督体制が確保され、しかも国際交流の推進に主体的に取り組むものであるという条件を付けたうえで、「単独の診療所」にも拡大した。

 新たに加わった秋田県仙北市が要望してきたもので、温泉を使った医療ツーリズムを念頭にしている。仙北市は難病に効果があるとして有名な玉川温泉がある。玉川温泉にもともと台湾の北投温泉で発見された北投石があることから、台湾との国際交流の歴史もある。温泉治療に携わる台湾人医師の招聘などを想定している。

 もっとも、特区法の規制緩和事項はひとつの特区に限られたものではない。どこの特区でもそれを活用することが可能になるのだ。地域会議と呼ばれる地元首長と事業者、特区担当相の会議で決める「区域計画」に盛り込み、首相がそれを認定すれば、実現可能だ。

 過疎地域では医師不足に悩んでいる自治体も少なくない。特区指定を受けることで友好都市などから外国人医師を招き、診療を行わせることなどで、問題を解決できる可能性が出てくる。

 既に特区内では、病院ごとに限られていた入院病床の数を、国際医療拠点などに限って緩和する特例が認められている。さらには、医師不足を解消するための医学部新設なども特区に限って認められることになっており、今後具体的な計画が出て来る見通しだ。

 さらに、医師だけでなく、外国人人材を幅広く受け入れていく規制緩和も進む。家事代行での外国人の就労が特区内で認められるようになるのだ。フィリピン人などの家政婦サービスを日本人家庭でも受けられるようになる。

 これも家政婦業界などの反対があり、人材派遣会社などが外国人を雇用したうえで、日本人家庭などに派遣する仕組みに限られ、個人が直接、外国人を雇用することはできない。それでも、国際標準のサービスが受けられるようになる意味は大きい。すでに、特区指定されている大阪市横浜市川崎市などがこの規制緩和項目を適用する姿勢を見せている。

 この規制緩和は安倍首相の肝煎りだという。首相就任以来、「女性活躍の促進」を政策の柱のひとつに掲げているが、外国人家政婦を解禁することで、働く女性を家事負担の重圧から解放することができるという思いが背景にあるという。

都市公園内に保育園も

 女性活躍のインフラ整備では、都市公園内に保育所を開設できるようにする規制緩和も始まる。用地不足に悩む東京都荒川区が要望していたもので、自治体が管理する公園の一角を保育所にすることが認められる。地域限定資格の保育士を都道府県や政令市に認めることで、保育士を増やす取り組みも動き出す。いずれも待機児童問題の解消につなげることで、女性活躍を後押しするのが狙いだ。

 特区の規制緩和を使った具体的な事業は、現段階で「区域計画」に盛り込まれたもので68事業。まだまだ小粒のものが多いという声もある。だが、安倍首相は特区の指定地域の拡大や、規制緩和事業の拡充を今後も引き続き行うよう指示している。

 安倍首相は就任以来、海外投資家などを前にした演説で、岩盤規制を突き破る「ドリルの刃になる」と繰り返し語ってきた。小粒とされる改革が「アリの一穴」になり、日本の構造を大きく変える引き金になるのかどうか。「日本は変わる」と世界の人々に思わせ続けることができるかどうかに、日本株回復の行方がかかっている。