東芝問題を「不適切会計」で片づけていいのか? 「粉飾決算」とは言えない大新聞の呆れた事情

東芝問題をいつまでも「不適切会計」問題と書き続ける一部のメディアにはどんな「意図」があるのでしょうか。現代ビジネスにアップされた原稿です。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45464


少なくとも「不正会計」ではないか
東芝が引き起こした問題は「粉飾決算」だったのか、「不正会計」なのか、それとも「不適切会計」と言うのが正しいのかーー。大手メディアが東芝問題に対して用いる「言葉」は今も割れたままだ。

メディアは、言葉を使うことで人々に正しい情報を伝え、それをもって業としている。新聞やテレビにとって、言葉を無造作に使ったり、考えもなく選ぶということは許されない。1回きりの記事ならばそんな無意識の使い方もあるだろう。

だが、今回のように繰り返し記事が書かれ、放送されている場合、「不正」とするか「不適切」と言うか、言葉の選び方には明確な意図があると考えるのが自然だ。

今回の問題が発覚した4月以降、メディアは「不適切会計」という言葉を一斉に使った。これは、東芝が記者の問い合わせに対して「不適切」という言葉を用いて説明したことがきっかけだったとみられる。

それがだんだん、「不適切」の中味が明らかになり、その影響も総額も大きくなってきた過程で、「不適切会計」という表現はおかしいのではないか、という声が上がり始めた。

読者や視聴者だけでなく、専門家なども疑問を呈し始めたのである。どうみてもこれは「粉飾」、あるいは「不正会計」だろう、というわけだ。経済雑誌や週刊誌はこの段階から「不正」や「粉飾」といった言葉を使うようになった。

新聞メディアの間でも議論が起きた。東京新聞が7月14日に「ニュースの追跡」というコーナーで「東芝粉飾決算疑惑』でしょ?」という記事を掲載し、疑問を呈したのも、そうした動きのひとつだった。

記事の中では、「東芝の場合、だます意図があったかはっきりしない。会計は不適切ではあっても、不正だと断定できない」として「不適切」で構わないとする専門家のコメントが引用されていた。

一方で、「なぜ『粉飾決算疑惑』『不正会計疑惑』くらいの言い方ができないのか」という筆者のコメントも紹介された。だが、この段階では、当の東京新聞も同日付の社説で「東芝不適切会計」と書いていた。「不適切」と書いてきたことを「不正」と言い直すことをためらっていたのだろう。

最初に明確に方針転換した大手紙は毎日新聞だったと思われる。7月17日ごろから「不適切会計」を「不正会計」に改めたようだ。その後のすべての記事が変わったわけではなかったが、主として「不正会計」という言葉を使うようになった。朝日新聞も7月以降、「不正会計」を主として使うようになった。

東芝が大口の広告主だから、なのか
この段階で頑なに「不適切会計」という言葉を使い続けたのは、日本経済新聞や読売新聞、そしてNHKだ。とくに日本経済新聞は7月21日付のコラム『きょうのことば』で「不適切会計」という言葉を取り上げ、この言葉を東芝のケースで使い続ける理由を間接的に示した。

不適切会計について日経新聞はこう“定義”している。

<ルールに反した会計処理で有価証券報告書などに事実と異なる数値を載せること。損失隠しや利益の水増しが組織的に行われ悪質性が高くなると『不正会計』、刑事告発されて事件になれば『粉飾』と呼ぶのが一般的だ>

残念ながら、この定義は「一般的」ではない。有価証券に事実と異なる数値を載せるのは「有価証券虚偽記載」で、これは法律で禁じられた「不正」である。「不正」という言葉は「正しくない」と言っているにすぎず、悪質性が高いか低いかは本来関係ない。

また「粉飾」は法律用語ではなく、刑事告発されたかどうかで決まるわけではない。そもそも、有価証券報告書に事実と異なる数値を載せることを不正会計、粉飾決算と言うのである。今回多用された「不適切会計」という言葉の方が一般的ではない。

「不適切」と言うといかにも、法律違反や犯罪行為ではなく、意図して行ったものではない、というニュアンスを醸し出す。東芝が会社として「不適切」という言葉を使ったのはそんな思いがあっての事だろう。会社側の立場からすれば当然とも言える。

だが、メディアがそれを唯唯諾諾と受け入れオウム返しに使うとなると話は別だ。「きょうのことば」にはこうも書かれている。

東芝が調査を委ねた第三者委員会は、調査報告書の要約版で『不適切会計』との文言を使っている>

7月20日東芝の第三者委員会が発表した調査報告書の要約版では、不正と言う言葉は使われていなかった。だから「不適切」を使うというわけだ。もちろん、メディアの中には東芝の経営陣が自ら選んだ「第三者委員会」の第三者性を疑問視する声もあったが、そこはまったくお構いなしと言う姿勢だった。

なぜ、ここまで頑なに「不適切」という言葉にこだわるのか。筆者にも様々な人から問い合わせがあるが、分からない。「東芝が大口の広告主だからか」「安倍内閣から圧力がかかっているからか」「新聞社の幹部が東芝の幹部と個人的に親しいからか」といった質問を受ける。

受け継がれてきた言葉を変えたくない?
一般的に新聞社の場合、外部の圧力で筆を曲げるような事はまずしない。そこは世の中の人たちが思っているより筋が通っている。広告と編集の分離も一般に思われているよりは厳格だ。まして政治からの圧力が全社に及ぶことは考えにくい。

ただ、それまで使ってきた言葉を「変える」ことに抵抗する空気は強く、現場はそんな空気を読んでいるのかもしれない。

東芝の第三者委員会の報告書では、経営幹部が利益のかさ上げを事実上命じ、それを組織ぐるみで実行していたことが明らかになった。9月7日にようやく行った決算発表の結果、2014年3月期までの税引き前損益のかさ上げ額はオリンパス事件を大きく上回る2780億円にのぼっていたことが判明した。

経営者の指示によって、巨額の利益のかさ上げを何年にもわたって組織的に行い、有価証券報告書に虚偽の数値を載せて、資金調達もしていた。これを「粉飾決算」と呼ばずに何と呼ぶのだろうか。

こうして具体的な粉飾内容が判明するに従い、「不適切会計」という言葉を使うメディアは減っている。ついにNHKも「不適切会計」ではなく、「不正会計」という言葉を使うようになった。

9月18日付けの日経新聞は、「監査審査会会長 東芝は『粉飾決算』」という記事を掲載した。公認会計士・監査業務審査会の千代田邦夫会長にインタビュー、「広い範囲で不正があり、明らかな粉飾決算にあたる」というコメントを掲載したのだ。

その記事の中では、東京証券取引所東芝を特設注意市場銘柄に指定した際に「不正会計」という用語を使ったことや、東芝の株主弁護団が「粉飾決算」と呼んでいることを指摘。「立場によって表現は異なる」と締めくくった。

いったい日経新聞はどんな「立場」で「不適切会計」という言葉にこだわり続けているのだろうか。是非とも編集局長に本当のところを聞いてみたいものだ。