上海株大幅下落で懸念される「逆資産効果」

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。9月号(8月上旬発売)に書いた原稿です。クロノス→http://www.webchronos.net/

クロノス日本版 2015年 09 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2015年 09 月号 [雑誌]

 中国・上海株が乱高下を演じている。代表的な指数である上海総合株価指数は6月12日に、7年5カ月ぶりの高値水準である5166を付けた後、7月8日には取引時間中に一時3500を割り込んだ。急騰の反動で、わずか1カ月で。高値から32%も急落したのである。
 この株価の大幅な下落に対して中国政府はさまざまな市場介入策を打ち出した。中国人民銀行が利下げに踏み切ったほか、政府が年金基金に株式での直接運用を認める方針を発表。さらに、空売りの規制強化や証券会社による株式の買い支えなど露骨なテコ入れを行った。
 また、全上場企業のほぼ半数に当たる1400社の取引が停止されるなど、株式市場に出て来る売り物を抑えることで、下落を食い止めた。これによって、上。海総合株価指数はようやく4000を回復したのである。
 株で財産を失った多くの人が自殺し、暴動も起きているという真偽不明の情報も流れた。だが、下落したといっても、昨年7月時点での上海総合株価指数は2000前後。4000ということはまだまだ2倍の水準にあるわけだ。
 問題は株価の乱高下が、実体以上に上昇した株価のバブルが弾けて下落に転じたものなのかどうか。つまり、いよいよ中国経済バブル崩壊が始まったと見ていいのかどうか、である。
 中国国家統計局が7月15日に発表した4〜6月期の国内総生産GDP)は前年同期比7.0%増と、事前の予想を上回った。最も要因は輸入の減少に伴う貿易収支の黒字増加などで、実際の国内景気は良くないのではないか、という疑念が生じている。景気が鈍化して国内消費が落ちているから輸入が減っているのではないか、というわけだ。
 日本の建設機械メーカーによると、中国国内での建設機械の稼働状況を見ると、内陸部でのブルドーザーの稼働率が極端に落ちているという話だ。要因のひとつは、習近平政権が進める腐敗撲滅運動の余波と見られる、という。汚職だと後ろ指をさされることを警戒して地方の幹部が公共事業の発注を止めているというのである。
 かねてから、腐敗撲滅の影響が民間消費に大きく現れていると指摘されてきた。幹部との会食や贈答が一気に下火になっており、それが消費減退の要因になっているというのだ。
 これには高級時計などの消費も含まれる。高級品は贈答品に好んで使われてきたこともあり、その影響は小さくないと見られる。腐敗撲滅の影響による高級時計の需要落ち込みが今後どの程度になるのか、今のところは不透明だが、影響はジワジワと出始めている。
 それに加えて株価の下落が影を落とす。株価が上昇すると、実際に株式売買で利益を上げたり、保有株の含み益が増えたりする人が大きく増える。これによってそうした人たちの財布のひもが緩み、おカネが消費に向かう傾向はどこの国でも見られる。いわゆる「資産効果」と呼ばれるものだ。日本でもアベノミクスが始まって以降、高級時計が売れた背景には株高による資産効果が働いたという見方が強い。
 逆に、株価が下落すると財布のひもが締まる傾向もある。これを「逆資産効果」と呼ぶ。上海株の下落が今後も続くようだと、それが消費の足を引っ張る。確実に逆資産効果が出てくるに違いない。
 上海株下落は、中国国内で高級時計が売れなくなるばかりか、日本にも影響が波及する可能性もありそうだ。というのも円安もあって中国からの訪日旅客が急増しており、彼らの「爆買い」が話題になっている。
 これが上海の株価下落で逆回転を始めれば、日本経済への影響は小さくない。日本への旅行を自粛したり日本での買い物を控えめにしようとしたりする感覚が強まってくる可能性は大いにあるのだ。
 今のところ、日本にやって来る中国人観光客の増加ペースに変化の兆しは見えない。今後、旅行者向けの時計販売はどうなっていくのか。強気一辺倒だった中国人消費も、もしかすると曲がり角に来ている可能性がありそうだ。