郵政上場という「錬金術」に、政府の高笑い 政治のリーダーシップで完全民有化の議論再開を

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 日本郵政グループ3社の株式が11月4日、東京証券取引所に上場した。日本郵政は売り出し価格1400円に対して1631円の初値を付けた後も買われ、初日の終値は1760円となった。傘下のゆうちょ銀行は売り出し価格1450円に対して初値は1680円(初日終値は1671円)、かんぽ生命は売り出し価格2200円に対して初値が2929円(同3430円)と、いずれも売り出し価格を大きく上回った。

 終値ベースで3社の時価総額を単純合算すると17兆4975億円。1987年に上場したNTT以来の大型株式公開は、予想以上の“成功”を収めたと言っていいだろう。だが、親会社と傘下の子会社2社が同時に上場するという「いびつさ」を忘れてはいけない。今後、このいびつな構造が3社の経営にとって大きな「くびき」になっていくことは間違いないからだ。

「異例の親子上場」の先にあるもの

 新聞各紙は「異例の親子上場」とは書いているが、それ以上の論評はほとんど加えていない。上場前の段階で、日本郵政株45億株は100%政府が保有、さらに日本郵政はゆうちょ銀行株45億株とかんぽ生命株6億株の100%を保有していた。上場後の時価総額(それぞれの株数に株価をかけたもの)は、初日終値ベースで、日本郵政が7兆9200億円、ゆうちょ銀行が7兆5195億円、かんぽ生命が2兆580億円ととなった。

 当然のことながら、日本郵政は傘下2社の株式の大半を保有し続けている。つまり日本郵政の株式価値には本来、傘下2社の価値が含まれているわけだ。にもかかわらず、日本郵政時価総額よりも、子会社2社の合計時価総額が大きくなった。論理的には親会社を買収して子会社株をすべて売却すれば、親会社がタダで手に入ってしまうことになる。摩訶不思議な状況になったのである。

 日本では古くから親子上場が認められてきたが、欧米の市場ではほとんどみられない。新聞が「異例」と書く理由はそこにある。親会社が生殺与奪を握る子会社が上場するのは論理矛盾だと長年指摘されており、東証も親子上場には慎重姿勢を取ってきたはずだった。それが今回は、何の議論もなく、親子上場をすんなり認めている。

 親会社と子会社を同時に上場するのは、企業価値をダブルカウントしているのと同じ。本来ならば親会社分しか上場益を取れないのに、ダブルで利益を得ているのだ。その利益を享受しているのは、もちろん政府である。いわば政府の錬金術なのである。

市場で調達した資金はすべて政府に

 もちろん、今回、売り出しで株式を買った個人投資家も、長期保有する人ばかりではない。さっそく初日に売り抜けた人も少なくないようだ。バブル期にNTT株を買って、その後大損した経験を持つ人もおり、そのあたりの政府の思惑にやすやすとハマっているわけではないといったところだろう。だが今後、日本郵政グループ3社を長期保有しようとする株主にとって、この親子構造が厄介な問題になり続けるのは間違いない。

 今回、売り出された株式は日本郵政は4億9500万株。発行済み株式の11%だ。売り出しで市場から吸い上げた資金は6930億円だが、これは日本郵政に入ったわけではない。すべて株主だった日本政府に入った。日本郵政は自社の上場では直接的な資金調達はできずメリットを得ていないのだ。

 子会社2社はどうか。ゆうちょ銀行株は4億1244万株が売り出され、5980億円が日本郵政に入った計算になる(上場費用は無視)。同様にかんぽ生命株は6600万株が売り出され1452億円が入った計算だ。一見、日本郵政が子会社上場で資金を調達したように見える。ところが、日本郵政は政府から自社株を取得することにこの資金を使うことになっている。今回の3社上場で市場から吸い上げた1兆4362億円はほぼ全額が政府に入るのだ。

 株式公開は、市場から集めたおカネを事業投資に回し、企業を成長させることを目的とするのが普通だ。ところが日本郵政グループの場合、市場から吸い上げた巨額の資金は、日本郵政の成長に結びつかないのである。

 こうした状況は今後も続く。政府はまだ日本郵政株の89%を保有している。現状の郵政民営化法では、政府は3分の1超を保有し続けることになっているが、逆に言えば、56%分が売り出され、資金が政府に入り続けることになるのだ。成長に結びつかない資金が長期にわたって株式市場から吸い上げられるのは、株式市場にとってプラス要因ではない。

 子会社のゆうちょ銀行株とかんぽ生命株の人気が高かったのは、いずれ日本郵政が握る89%の株式が手離され、完全民営化する時が来るとの見方があるからだ。ゆうちょ銀行が今年3月末で持つ177兆円の貯金残高はもちろん日本最大。現在は貸し出し業務などはできないが、民営化されれば、普通の金融機関として事業展開ができる。

 小泉純一郎首相時代の郵政改革では、当初、全株を売却するとしていた2社の株式は、民主党政権以降に大きく後退し、5割程度を売却するというあいまいな方針のままになっている。上場にあたってインタビューを受けた日本郵政西室泰三社長は、傘下のゆうちょ銀行とかんぽ生命の株について「今後3〜5年で売却しないと意味がない」と発言したと報じられている。これは50%前後にするメドを述べたもので、全株売却を想定したものではない。市場の期待とは裏腹に、金融2社が「民間企業」に脱皮するにはまだまだ時間がかかるということだ。

 3社の上場によって個人投資家機関投資家などが株式を取得、「株主」となったわけだが、その声がどれだけ届くかも分からない。金融2社は日本郵政が絶対的な議決権を握ったままで、その日本郵政は国の意向が絶対だ。

今こそ郵政完全民営化を

 安倍晋三内閣は「コーポレートガバナンスの強化」を日本経済を復活させるカギのひとつと位置付けているが、日本郵政グループには株主によるガバナンスはほとんど働かないのである。株主からすれば、日本郵政グループが成長し、株価が長期にわたって上昇することを求めるが、今の構造では、そうしたプレッシャーを経営者が感じることはないだろう。つまり、株主を向いた経営が実現することはまずないのである。株主総会にしても、大株主である政府(財務大臣)の意向ですべてが決まることになる。

 郵政3社の株価が上昇を続けるには、この「いびつ」な構造を早急に解消する以外に方法はない。当初の郵政改革が目指した金融2社株の完全売却を早期に実現し、日本郵政の株式も政府が売却を急ぐべきだろう。そのためには政治のリーダーシップが欠かせない。

 日本郵政は膨大な赤字部門である郵便局を抱えている。人口減少が続く中で、中山間地など地方の郵便局を残し「ユニバーサル・サービス」を維持するためには、金融2社から上がる窓口使用料が欠かせない。つまり、日本郵政は自社の利益を考えれば、金融2社の支配権を自ら手放すことはないのである。そうした「くびき」を打破し、株主の利益を高める体制にするには、再度、政治の場で「郵政完全民営化」の議論を始めるしかない。

 1兆4362億円という巨額の資金を吸い上げただけで、郵政3社が一向に成長しなかったならば、アベノミクスでようやく明るさが見えた日本の株式市場の復活の芽を摘んでしまうことになるだろう。