国民に番号をつけるだけで終わりですか? 行政サービスにも番号をつけなきゃ、一般市民にメリットはありません

行政サービスに共通のID番号をふる−−これが行政の効率化やサービス向上の切り札になると信じて活動を続けている人がいます。安井秀行さん。コンピューターの専門家で、大学院を出た後、マッキンゼーを経て、起業した人です。膨大なサービスにIDを付けることで、重複した行政サービスや行政の過不足が分かり、サービスを利用する市民の利便性も飛躍的に高まるというわけです。データベースを構築するにも、それをメンテナンスするにも膨大な労力が必要ですが、それを民間の力で立ち上げました。共感してくれる応援団を募集しているそうです。現代ビジネスでのインタビュー記事です。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46536


マイナンバー」の通知が始まり、国民全員にそれぞれ番号を付す制度が本格的に動き出した。マイナンバーは社会保障など「国民へのサービス向上!」が大きな目的だとされているが、同時にやらなければならないことがある。行政側のサービスにも番号をふることだ。

そこで今回は、行政サービスIDの重要性を訴える安井秀行・アスコエ社長に話を聞いた。

日本の行政サービスは利用者目線になっていない
 問 安井さんは国民に番号を付けるのなら、行政サービスにも番号を付けるべきだと主張されています。

安井 そもそも私はマイナンバーは必要だと思っています。ただ、マイナンバーを本当に国民サービスの向上に使おうと思うのなら、行政サービスにも番号(ID)を付けることが不可欠です。

これは民間では当たり前のマーケティングの視点で考えれば分かります。

企業では顧客を管理をする場合、それぞれの顧客にIDを付けますが、それと同時に、その顧客が購入する商品やサービスにもIDを付けています。どの顧客がどの商品を購入し、どのサービスを利用しているかを把握するには、双方に識別番号が必要なわけです。

ところが日本の行政サービスには統一したIDというものが存在しません。どの国民がどの行政サービスを利用しているのか体系的に把握するためには、国民に番号をふるマイナンバーだけでなく、行政サービスにも番号が必要になるのです。

 問 確かに、行政サービスは同じものでも名前が異なるなど、分かりにくいものが多いように感じます。

安井 子育て、介護、防災といった市民が頻繁に利用するサービスでも自治体によって名称が違うケースがままあります。例えば、東京都千代田区の「こども医療費助成」と広島市の「乳幼児等医療費の補助」は同様の制度です。

また、実質的に同じサービスなのに、国の制度の変更によって名前が変わることもしばしばです。民主党政権時代の「子ども手当」と自民党政権の「児童手当」が端的な例です。さらに、自治体独自のサービスというのもあって、一般の人たちには理解しにくくなっています。

役所の人たちは、「窓口に来てくれるか、電話をもらえれば、どんなサービスがあるか説明します」と言います。しかし、働きながら子育てをしている女性に電話をする余裕はありません。

そこで、ウェブサイトを見るわけですが、これがたいへん分かりにくい。担当者は、「ホームページに書いてあります」と言うのですが、実際には見つけられないケースも多い。見つけられたとしてもPDFファイルをいちいち開いて役所の文書を読まなければなりません。サービスを利用する顧客、つまり市民目線になっていないのです。

ID化で行政サービスの実態を簡単に把握できる
 問 そこでサービスに番号をふってしまおうと考えたわけですか。

安井 ええ。例えば「妊娠・出産」関係ならば1000番、「届け出・手続」は1100番、その中に、妊娠届は1101番、母子健康手帳は1102番といった感じで番号をふります。制度に関する情報を構造化し、データベースにすることで、管理したり加工したりするのを簡単にするわけです。 

 問 自治体ごとに名前が違っても、同じサービスだと分かるわけですね。 

安井 こうした統一的な分類に従って自治体のサービスに番号を付けていくと、他の市にはあって、そこの市にはないサービスが浮き彫りになります。つまり、行政サービスの過不足などを行政自身が把握するためにも、統一的な番号による管理は不可欠だと思うのです。

 問 安井さんが起こしたアスコエでは、全国の自治体のウェブサイトを分析して、こうした行政サービスの内容を把握しているのですね。

安井 現在802の市のウェブサイトを網羅し、出産・育児・介護・防災といった分野のデータを把握しています。1700あまりある自治体の中で、町村は把握していないのですが、市まででも人口の92%を網羅できています。

また、102の自治体とは直接お付き合いがあり、ウェブサイトを利用者目線で評価したり、子育て部分だけページの作成運用をお引き受けしたりしています。

 問 802の自治体の行政サービスについては、どこが手厚いとか、どこの部分に穴が開いている、といった把握ができるということでしょうか。自治体のコンサルもできますね。

安井 把握はできているので、コンサルティングをやろうと思えば可能です。現段階では人員も予算もないのでやっていませんが。

分野ごとに予算を色分けして、この部分は予算が潤沢だけれどもここは手薄だ、といった使い方もできますね。要は行政サービスを細かく分解して「部品」にし、それに番号を付けることで、実態の把握が容易になるわけです。

 問 自治体も国も、新しい政策を作ることは熱心です。

安井 日本の行政サービスの質と量は世界一だと思います。ただ、それがきちんと整理されていないために、利用する市民が気付かないものも少なくない。日本の行政サービスは、市民が申請して初めて使えるものが多く、行政の方からサービスの存在を教えてくれるケースは少ないのです。

ですから、使われていない行政サービスがあった場合、もしかすると、不要なものなのではなくて、単に知られていないだけ、という可能性がある。住民に知られれば、使われる可能性が出てくるわけです。そのためにも行政サービス情報をきちんと一元管理し、情報発信するベースを作る必要があります。

市民の声を反映させる仕組みを作りたい
 問 東日本大震災の復興関連でも支援サービスの情報一元化に取り組んだそうですね。

安井 アスコエのほか、ぎょうせいやマイクロソフトなどが中心となって「復興復旧支援ナビ」というページを作りました。2011年7月ですから、4ヵ月後のことです。日本には激甚災害法など様々な法律による支援制度があって、東日本大震災で新たに加わってものも含めると2000〜3000の制度があるのではないでしょうか。

ところが、一般の人たちはどうやって支援を受けたらよいのか分からない。家の解体を始めてから役所に相談に行ったら、「解体に着手する前に申請すれば助成が受けられたのに」と言われるようなケースがたくさんあったのです。

 問 2000もあるのですか。

安井 そこで、被災者視点から、情報を分類し、検索してアクセスできるようにしました。「住まい」「仕事」「おかね」といった分類から入り、具体的に何を求めているかを入力していくと、それに適合した行政サービスが出てきます。サービスの具体的な内容については、私たちのスタッフが簡潔にリライトしました。また、当初は行政サービス以外の情報も提供していました。

その後、国もこうした情報の一元化が重要だと気付き、復興庁が中心になって「復旧・復興支援制度情報」という検索サイトができました。私たちの仕組みを利用してもらい、多額の予算をかけたものですが、具体的な情報になると、役所の縦割りだったり、役人特有の文章だったりと、必ずしも利用者目線になっているとは言えません。もちろん、非行政サービスの情報は排除されています。

 問 こうした経験から、省庁を超えた行政サービスのIDが必要だということになったわけですね。

安井 各省庁のデータ関係の外郭団体の人たちに集まってもらい「行政ID検討ラウンドテーブル」という組織を2012年に立ち上げました。役所の組織ではなく、あくまで有志の集まりと言った形です。今後、内閣官房などに働きかけて、行政サービスに共通番号を付けるようルールを決めてもらいたいと考えています。

ラウンドテーブルでまとめた報告書では、国番号3ケタ、管理者コード4ケタ、制度・サービスコード6ケタ、異制度セレクタ3ケタの16ケタの行政サービスIDを付すことを提言しています。国コードを付けるのは、今後これが、アジア諸国などにも広がる「夢」を抱いているからです。

 問 アスコエの事業は成長しているのですか。

安井 「私の声で明日を変える」というのが社名の由来です。利用者である市民の声が反映される仕組みができれば、行政は変わっていきます。自治体のウェブサイトの評価などで細々と収入を得ていますが、取り組んでいる事の社会的意義は大きいと信じています。行政サービスにIDを付けるという発想が広く社会全体に広がり、大きなうねりになることを望んでいます。

安井秀行(やすい・ひでゆき)氏
株式会社アスコエパートナーズ社長。慶応義塾大学理工学研究科計算機科学専攻修士課程修了。米国ノースウエスタン大学ラーニングサイエンス学科修士課程(MA)修了。1991年マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパン入社、その後シニア向けコンピューター開発会社などを経て、2006年にNPO法人としてアスコエを設立。2010年に同名の株式会社を設立し現職。内閣官房「電子行政推進タスクフォース」の委員なども務める。企業や行政機関などのウェブ、マーケティング戦略関連などのコンサルティングを行っている