8兆円の大損失に反省ナシ!? 年金運用組織が「さらなる危険な一手」を画策中 安倍官邸も株価底上げのために後押し

またしても、GPIFを巡って政権内部で確執が生じているようです。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47749


「8兆円がパー」なのに…
年明けからの大幅な株価下落で、年金運用のあり方に関心が高まっている。特に、国民の“虎の子”の資産135兆円を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が株式運用で大きな損失を出したことをきっかけに、安倍晋三内閣による年金資産の「株式シフト」への批判が強まっている。

きっかけはGPIFの昨年7−9月期の運用成績が7兆8899億円のマイナスになったこと。総資産の5.6%が一気に目減りした。6月末には日経平均株価が2万235円だったものが、9月末には1万7388円と14%も下落したことが主因。メディアには「わずか3ヵ月で8兆円の損失」「年金運用失敗」「8兆円がパー」といった刺激的な見出しが躍った。

1月から始まった国会論戦でも、野党議員を中心に政府の責任を追及する声が上がった。追い打ちをかけるように年初から株価が大幅に下落したことで、年金資産がさらに目減りしたと見られることから、批判のボルテージは上がっている。

そんな逆風の中で、さぞかしGPIFは意気消沈しているのかと思いきや、どうも話は逆らしい。GPIF自らが株式を直接取得するインハウス運用(自前運用)の解禁に躍起になっているのだ。

現在、GPIFが株式を運用する場合、外部の金融機関に委託することになっており、GPIFが直接株式を取得することはできない。これを見直して、自らが直接株式を売買できるようにしようというのである。

GPIFのあり方を議論する社会保障審議会年金部会の1月12日の会合には、GPIFの最高投資責任者(CIO)である水野弘道理事が自らが乗り込んで、インハウス運用解禁を強く迫った。インハウス運用が可能になれば、この水野氏の責任で株式を直接売買することになる。

「運用能力はあるのか?」
会合に参加した委員の中からは「年金の利回りを上げるためにインハウス運用を拡大するのは世界の年金基金の趨勢だ」といった声が出ていた。一方で、GPIF自身の運用能力について疑問視する声も挙がっていた。

GPIFの運用資産は昨年6月末で141兆1209億円。そのうち23.39%を国内株式での運用に回していた。つまり33兆円余りを日本株に投じていたわけだ。

GPIFはもともとこんなに巨額の日本株投資を行っていたわけではない。安倍内閣は2014年10月30日にGPIFが運用する際の基本ポートフォリオ(資産構成割合)を大きく見直した。

それまで60%を日本国債などの「国内債」で運用するとしていたものを35%に引き下げる一方で、国内株式を12%から25%に、外国株式を12%から25%に引き上げたのである。大きく株式シフトしたわけだ。そこへ株価の下落が直撃したのである。

水野氏は2015年1月に外資系金融機関からGPIFのCIOに抜擢されたが、人選は安倍官邸が行った。つまり、水野氏は8兆円の損失の最大の責任者なのである。

巨額の損失を出して批判を浴びている最中に、なぜインハウス運用の解禁に固執するのか。日本経済新聞によると、GPIFが金融機関に支払っている株式運用委託手数料は年間60億円にのぼるが、インハウス運用に変えることで将来的に10億円減るとしている。

GPIFの運用資産は目減りしたとはいえ9月末でも135兆円にのぼる。株式だけでも30兆円近い運用で、業界からは「10億円の節約という話はあまりにもみみっちい」という声が挙がっている。昨年7-9月の運用成績が示すように、運用が失敗すれば数兆円単位で資産が吹き飛ぶわけで、10億円と引き換えにリスクが高まれば元も子もない。

年金部会に出席した水野理事は、「リスクは変わらない」と強弁したが、運用体制が劣る場合にはリスクが生じるという点は認めていた。そのうえで、GPIFは運用の専門家がいるので現在運用委託している金融機関と遜色ないとした。

だが、10億円の節減という試算に首をかしげる向きは少なくない。水野氏も部会で、現在の信託銀行の手数料が大幅に低く設定されているので、現状では節減効果は大きくないと認めている。将来、信託銀行の手数料が上がっていくという見通しの下に「たら・れば」の試算をしている。

政局への影響を気にする官邸幹部
また、インハウス運用をする場合、GPIFの陣容を拡大していく方針も語っており、腕利きのプロを雇えば雇うだけ、人件費は大きく増加していく。つまり、インハウスによってコストが下がります、だからインハウスを解禁してください、というのはどうみてもマヤカシなのである。

ではなぜ、GPIFはインハウス運用をやりたいのか。

水野理事の裏に官邸がいるのは間違いない。現在はGPIFが委託する株式運用では、どの銘柄を売買するかは委託先に任されている。GPIFが直接株式を取得できるようになれば、官邸に近い水野氏の意向が銘柄選定に反映しやすくなる、ということだろう。

日経平均株価に影響度が高い単価の高い株式などを集中的に買えば、日経平均株価を動かすことができる。GPIFの水野氏がインハウス運用の解禁に血眼になるのは、株価を押し上げたい官邸の意思が働いているのではないか、という見方が広がっている。

では、安倍内閣の閣僚である塩崎恭久厚労相はどういう立場か。実は昨年来、GPIF改革を巡って官邸と塩崎氏は対立関係にある。塩崎氏は大臣就任以来、GPIFの「ポートフォリオ見直しと、ガバナンスの強化は車の両輪」と発言し続けてきた。ガバナンスというのはGPIFの組織体制の見直しを指す。

現在、GPIFは理事長の独任制といって、最終的な決定は理事長の判断で実行できる。これを独立性の高い専門家による合議制に移行すべきだ、というのが塩崎氏の意見である。つまり、理事長やCIOの“独断”を未然に防ぐ仕組みが必要だとしたのだ。

これに官邸側が猛反発。真意は不明だが、GPIFの運用に官邸の意向が働かない体制への変更を嫌ったと見られている。結果、年金部会は昨年1月から年末まで開かれない異常事態が続き、ガバナンス改革は棚上げされた状態になっていた。

これが動いたのが昨年11月。安倍首相自らがGPIFのガバナンスの変更案を認めたのをきっかけに、年金部会で厚労省が提示したGPIFのガバナンスのあり方の基本的な考え方が承認されたのだ。合議制の導入が承認されたわけである。

そんな矢先、浮上したのがインハウス運用の解禁だ。あたかも、合議制で幹部の自由にならなくなるのを防ぐかのように、GPIFが自前で運用することが持ち出されたのである。水野氏が官邸にも足を運び、インハウス運用解禁について説明しているという。

官邸の関係者によると、7月の参議院議員選挙の勝利を最優先事項とする菅義偉官房長官は、「なんでこのタイミングで自主運用なんて話を持ち出すんだ」と政局への影響を懸念しているとされるが、水野氏をCIOに選んだ世耕弘成官房副長官はインハウス解禁に前向きだという。

「直接関係ない話」ではない
厚労省の関係者によると、塩崎厚労相はインハウス運用自体には反対ではないというが、菅氏同様、このタイミングでの解禁は野党に追及材料を与えるだけと反対しているという。国会で質問の矢面に立たされるのは自分自身だということもあるのだろう。それよりも、自説であるガバナンスの強化を優先すべきだとしている。

これに対して、政府内のインハウス運用解禁派からは、インハウスを認めないのならガバナンス強化も認めないといった声が挙がっているという。早ければ今国会に提出されるGPIF法改正案に、何としてもインハウス運用解禁を盛り込みたい考えなのだという。

GPIFによるインハウス運用解禁と言っても、国民の多くは何の話か理解しにくい。年金運用は自分自身に跳ね返ってくる話題であるにもかかわらず、運用となると「難しい話」「自分には直接関係ない話」と思ってしまいがちだ。分かりにくいテーマとあって、メディアもなかなか取り上げない。そんな間隙をぬってインハウス解禁論議は着々と進んでいる。

年金資産の株式シフトですら、国民のコンセンサスを得ているとは言い難い。株式の割合を増やせば株価の上下で大きく損益が振れるのは自明だったのだが、8兆円の損失で大騒ぎになった。そんな矢先のインハウス運用の解禁は、またしても虎の子の年金資産を危機に晒すことになりかねない。