不正会計の東芝経営陣の高額報酬が典型 経営者の報酬には厳格なルール作りが必要

月刊エルネオス1月号(1月1日発売)に掲載された原稿です。
http://www.elneos.co.jp/

「エルネオス」連載───(57)硬派経済ジャーナリスト 磯山友幸の《生きてる経済解読》

日本でも進む役員報酬高額化

 日本の経営者の報酬は欧米に比べて格段に安い──。世の中では今もそう思っている人がほとんどだろう。たしかに欧米のように一年間に数十億円という莫大な報酬をもらっている経営者はほとんどいない。だが、創業家のオーナー社長ではなく、いわゆるサラリーマン経営者でも報酬が一億円を超す人が年々増加しているのだ。
 経営者の報酬はこの十年ほどで大きく増加した。特に株式を上場している大企業の役員報酬でその傾向が顕著だ。グローバルに競争している企業の場合、少しでも高い報酬を支払わないとライバル企業にヘッドハンティングされるリスクが生じる。特に韓国や中国などアジアの企業が、欧米型の経営スタイルにシフトし、高額報酬で経営幹部を招き入れる例が増えてきたことで、日本企業も重い腰を上げたといえる。
 欧州企業はもともと、日本企業同様、終身雇用で社内から社長に昇り詰めるケースが多かった。それが米国流に変わり始めたのは一九九〇年代の後半から。経営のプロとして社長や役員を社外から招くケースが急増し、それと同時に役員報酬も急速に上昇していった。
 二〇〇〇年前後には欧州で経営トップの報酬があまりにも高額になったことに批判が噴出するまでになった。当時、スイスのシンポジウムに招かれたトヨタ自動車のトップが、「高額の役員報酬問題をどう思うか」と聞かれた際、「弊社のトップの報酬は皆さんが思われているほど高くない。むしろ低すぎるのが問題だと思っている」と苦笑していた。つい十数年前のことだ。
 当時の日本企業の経営者報酬はたしかに高いとはいえなかった。五千万円以上もらう人は稀で、一億円を超える人はオーナー企業のトップなど例外的だった。その代わり、専用車や秘書が三百六十五日付き、飲食費なども一切会社持ち。ゴルフの会員権も会社所有の枠が貸与されるといった給与以外の「フリンジ・ベネフィット」を謳歌していた。日本の場合、所得税が高いため、報酬として受け取ると実質的な手取りが大幅に減ることも、フリンジ・ベネフィットが好まれた一因だった。

業績連動か固定報酬か

 だがそうした時代は大きく変わった。失われた二十年といわれたデフレ不況の中で企業は経費削減に邁進し、経営トップといえど青天井の交際費を使うわけにはいかなくなった。役員の専用車を廃止した企業も多い。そうした中で、役員の報酬をきちんと払おうという機運が高まったのである。
 東京商工リサーチの調べでは二〇一五年に一億円以上の報酬を受け取ったのは、二百十二社の四百十三人。金融庁が作ったルールに従って開示制度が始まった一〇年以降、初めて四百人を超えた。ちなみに初めて開示された一〇年でも百六十六社で二百八十九人の「一億円プレーヤー」がいたわけだが、情報開示ルールがなかったために、世の中がまったく気づいていなかったともいえる。
 それでも数十億円の報酬を毎年手にする米国を中心とする経営者からすれば、表面上の金額は低い。しかし、だからといって日本の経営者の報酬が安すぎるのかといえば、必ずしもそうとはいえない。
 なぜなら、欧米の経営者は高い報酬を手にする一方で、成果を挙げられなかった場合には即刻クビになるリスクを負っているケースがほとんどだ。また、報酬も業績や株価に連動している例が多い。しかしそれでは短期間に成果を挙げることばかり経営者が考えてしまうという弊害が表面化したことから、最近では報酬の対価として株式を受け取るが、一定期間売却できないような仕組みになっている。つまり、中長期にわたって業績を挙げ、株価を上げないと、多額の報酬は手にできないような工夫がされているのだ。
 これに対して、日本の場合は、「固定報酬」であるケースが多い。業績が悪くとも一億円をもらうわけだ。

粉飾の東芝社長に巨額の報酬

 典型的な例が粉飾決算に揺れた東芝である。
 東芝は一〇年三月期に百九十七億円の最終赤字を出していた。当時の会長だった西田厚聡氏は取締役としての報酬八千五百万円と、執行役としての報酬一千八百万円との合計額一億三百万円を受け取っていた。いずれも固定報酬で業績連動ではない。赤字なのに一億円を超す報酬を支払うのは驚きだが、おそらく税引き前では二百七十二億円の黒字だったことが要因になっている。だが、今年になって明らかになった粉飾決算で、過去にさかのぼって修正した結果、税引き前損益でも一億四千三百万円の赤字だったことが判明している。自己の報酬を得るために、利益をかさ上げするよう部下に厳命していたと見られても仕方がないだろう。
 粉飾で利益をカサ上げしていた一〇年三月期から一四年三月期の間だけで、西田氏は六億三千五百万円の役員報酬を手にしていた。不正な業績を基に支給された巨額の報酬は、問題発覚後も全額返済せよという声が上がらない。佐々木則夫・元副会長も、情報開示されている一二年三月期からの三年間だけで三億二千八百万円の役員報酬を得ていた。
 欧米ではコーポレートガバナンスの一環として、株主総会で個別の役員報酬について賛否を投票したり、不正などがあった場合、返還することを義務付けるルールが存在する。日本でも一五年からコーポレートガバナンス・コードがルールとして設けられた。役員報酬を決定するに当たっての「方針と手続き」を情報開示すべきだとする項目は設けられたが、役員報酬に株主の意見を反映させることなどは盛り込まれなかった。欧州ではひと足先にそうしたルールが出来上がっており、日本は周回遅れの状態だ。
 また、役員個別の報酬開示も一億円以上に限っており、一億円未満だと実態がまったく分からない状態が続いている。一億円を超えないようにギリギリで金額を抑えているケースなどがあるといわれる。
 会社を成長させ、従業員や株主に報いた結果、経営トップも高額の報酬を得ることには多くの人が異存ないに違いない。日本はまだまだそのための制度整備が不十分だといえる。