「官製相場」の疑念払拭なるか ようやく動き出したGPIFガバナンス改革

日経ビジネスオンラインに書いた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/010700014/?author&rt=nocnt

 2016年は年明けから株価の下落が続いている。1月4日の大発会日経平均株価が1万9000円を割り込み、5日、6日も下げて、7日には1万8000円を大きく割った。米国の利上げに伴う米国株安に加え、サウジアラビア・イラン間の紛争、北朝鮮の核実験といった地政学的リスクの高まりが日本の株式相場も揺さぶっている。

 そんな中で、日本固有の問題として昨年来、海外投資家が注目してきたのが日本のガバナンス問題だ。ひとつは東芝粉飾決算への当局などの対応が甘いことから、安倍晋三内閣が声高に叫んでいたコーポレート・ガバナンス(企業統治)の強化が掛け声倒れではないのか、といった懸念。もうひとつが、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のガバナンス体制の見直しだ。

 ポートフォリオを見直して運用の株式シフトを進めたにもかかわらず、「車の両輪」とされていたガバナンス強化が先延ばしされ続けてきた問題である。この2つのガバナンス問題は、海外投資家の日本株市場への信頼を大きく左右する問題だけに、その行方が注目されている。

独任制を転換、経営委員会に

 昨年初から止まっていたGPIFのガバナンス改革問題が、ようやく動き出した。昨年12月25日に厚生労働省社会保障審議会年金部会が開かれ、GPIFのガバナンス改革の大枠が了承されたのだ。

 厚労省が年金部会に提出した「GPIFガバナンス強化のイメージ」(案)によると、これまで理事長1人が運用責任を負ってきた「独任制」を転換し、合議制の「経営委員会(仮称)」が決定する方式に改める。

 経営委員会は基本ポートフォリオなど資産運用・管理に関する重要事項を決定するほか、財務諸表の作成や執行部の役職員の報酬決定といった組織・経営管理上の重要事項を議論する。また、厚労相が任命する執行部の長らの人事に同意権限を持つほか、執行の監督にも当たる。

 経営委員は金融や資産運用、経営管理の専門家ら10人で構成し、執行部の長も加わる方向。労働組合経営者団体がそれぞれ1人を推薦することになる。経団連や連合が、年金の運用方針の決定に、年金掛け金を負担している労使の声を反映するよう求めていた。

独立行政法人ではなくなる

 専門家による合議制を導入することで、高度化する運用手法を適切に管理し、国民の信頼を高める、としている。経営委員会と執行部の機能を切り分け、「意思決定・監督」と「執行」を分離するガバナンス体制にする。

 運用についての最終的な責任は従来通り、厚労相が負う。だが、専門家による合議制に移行することで、透明性を高め、ポートフォリオ変更や運用方針の決定に政治的な介入が起きないようにするのが狙いだ。独任制ではなくなることで従来の独立行政法人ではなくなる見通しだ。

 GPIFは2014年10月に運用ポートフォリオ(資産構成割合)の見直しを発表。それまで60%を日本国債などの「国内債」で運用していたものを35%に引き下げる一方で、国内株式を12%から25%に、外国株式を12%から25%に、外国債券を11%から15%にそれぞれ引き上げた。債券中心から株式へと大きく重心を移す大転換をしたのである。

 そんな中で、国内外の投資家から、アベノミクスの成功を演出したい首相官邸の意向で、GPIFの140兆円にのぼる巨額資金が株価の下支えに使われているのではないか、という疑問の声が上がった。いわゆる「官製相場」だという疑念が広がったのである。

 2014年9月の内閣改造厚労相に就任した塩崎恭久議員は、ポートフォリオの見直しとGPIFのガバナンス改革は「車の両輪」だとして、同時に改革する姿勢を強調したが、ポートフォリオ見直しだけが先行する結果となった。背後に官邸と塩崎厚労相の対立があると報じられた。

 遅々として進まないガバナンス改革に懸念を強めたのは海外投資家だった。政府の意向に左右される「いびつな市場」はリスクが大きい。政府の方針が一変した場合、一気に株式市場からGPIFの資金が退出することになりかねないからだ。

 そうでなくても日本では高齢化が急ピッチで進んでおり、年金支払いの増加で、運用に回る年金資産が減少していく懸念が強い。昨年6月以降、中国・上海市場など、海外市場での株価の大幅な下落もあって、日本株市場でも海外投資家の売り越しが目立つようになった。

運用成績が悪化

 日本の株式市場での海外投資家の売買シェアは高く、海外投資家の動向によって株価は大きく上下する。海外投資家の信頼をつなぎとめるにはGPIFのガバナンス改革は待ったなしだ、という意識が、安倍政権の中でも高まっていた。

 もうひとつガバナンス改革の背中を押したのが、GPIFの運用成績の悪化。GPIFが11月末に発表した第2四半期(7〜9月)の収益率はマイナス5.59%、収益額はマイナス7兆8899億円となった。第1四半期は2兆6489億円のプラスだったが、それが一気に吹き飛び、さらに5兆円以上の損失が残ったことになる。

 これに対して、夕刊紙や週刊誌などが一斉に批判の声を上げた。「年金運用の失敗」「わずか3カ月で8兆円の損失」「8兆円がパー」といった記事があふれたのである。

 現実には株式の時価評価額が目減りしたことが主因だが、ポートフォリオを株式にシフトしたことで、自分たちの年金資産が大きなリスクに晒されるようになっていることに、多くの人たちが気づいたのである。

 内閣が株価を支えるためにGPIFが運用する国民の資産をリスクにさらしている――。そうした批判を避けるためにも、専門家の合議制による意思決定というガバナンス体制への移行が不可欠だったのだ。

 1月4日から国会審議が始まれば、野党から追及を受けるのは必至。その前に、何としても改革の方向性を固めておく必要があり、急きょ年金部会を開いて大筋での了承を得たのだ。

 ちなみに塩崎厚労相は安倍首相にも事前に説明したほか、官邸のメンバーにも根回しをし、政治的な対立は解消された。

 もっとも、これでGPIFのガバナンス改革が最終決着したわけではない。GPIFを独立行政法人から他の特殊法人などに変更するには、当然、法案を国会で通過させなければならない。組織形態などの細部は今後詰めていくことになるため、今国会に法案が出せるかどうかは未定という。

 参議院議員選挙もあり、国会会期は6月までで延長がない見通しで、今国会でGPIF改革法が可決成立する公算は小さい。

できあがったのは「イメージ」のみ

 参議院議員選挙後には内閣改造が行われる可能性もあり、在任2年になる塩崎厚労相が交代することも考えられる。GPIFのガバナンス改革に旗を振って来た大臣がいなくなると、議論が元の木阿弥になることもあり得る。

 何せ年金部会で了承されたのは「GPIFガバナンス強化のイメージ」である。素案でも骨子でもない。厚労省には運用に対する実質的な指揮権限を持ち続けたいと考える官僚も少なからずおり、独立行政法人でなくすことへの抵抗もまだまだある。

 「イメージ」の中でも厚労相の責任などが強調され、大臣の許認可権限を維持することは明示されている。役所として許認可権限を握り続けるという意思が示されているわけだ。

 いつになれば、年金加入者の利益を第一に考える国際水準の運用ガバナンス体制ができあがるのか。まだまだ予断を許さない。