いまも安倍政権にまとわりつく、「65歳定年義務化」という民主党政権の置き土産

3月16日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48202

「一億総活躍」の3つの柱とは?
安倍晋三内閣はアベノミクスの第2ステージとして「一億総活躍社会」を掲げている。その柱のひとつは「働き方改革」、つまり雇用制度の見直しだ。

その議論の舞台となるのが「一億総活躍国民会議」だ。昨年10月29日に初会合を開いて以降、2月23日までに5回の会議が首相官邸の大会議室で開催された。安倍首相を議長、加藤勝信・一億総活躍担当相を議長代理に、主要閣僚に加え、民間議員15人で構成する。女優で戸板女子短期大学客員教授菊池桃子さんら多彩な人物が民間から選ばれたことで話題になった。

1月29日に開いた4回目の会合の締めくくりで、安倍首相はこう述べた。

「今春取りまとめる『ニッポン1億総活躍プラン』については、より構造的問題を取り上げたいと思います。本日のご議論を踏まえ、生産性向上問題のほか、特に次の3点を骨格としたいと考えます」

そして、第1の点として「働き方改革」を掲げた。

「第1に働き方改革です。具体的には、同一労働同一賃金の実現など非正規雇用労働者の待遇改善、定年延長企業の奨励等の高齢者雇用促進、総労働時間抑制等の長時間労働是正を取り上げます」

ちなみに骨格の第2点としては、「子育て・介護の環境整備」を掲げたほか、第3点としては「成長と分配の好循環のメカニズムを示すとともに、その効果をできる限り定量的に示したい」とした。

今後示される一億総活躍プランは、「働き方改革」つまり労働のあり方についての制度見直しが示されることになりそうだ。なかでも安倍首相が具体的に示したのは、「同一労働同一賃金」、「高齢者雇用の促進」「長時間労働の是正」だ。

2月23日に官邸で開いた5回目の会議。締めくくりの挨拶で安倍首相はこう述べた。

「本日は、働き方改革について議論を行いました。子育て世代や若者も、そして高齢者も、女性も男性も、難病や障害のある方々も、誰もが活躍できる環境づくりを進めるためには、働き方改革の実行が不可欠であります」

そのうえで、「同一労働同一賃金の実現」を挙げ、「我が国の雇用慣行には十分に留意しつつ、同時に躊躇なく法改正の準備を進めます」と強い意欲を示した。さらに、「どのような賃金差が正当でないと認められるかについては、政府としても、早期にガイドラインを制定し、事例を示してまいります」とし、法律家による専門的検討の場を立ち上げるよう指示した。

さらに、「できない理由はいくらでも挙げることはできます。大切なことは、どうやったら実現できるかであり、ここに、意識を集中いただきたい」と実現を畳みかけた。

民主党封じ」が目的?
同一労働同一賃金は、もともと民主党など野党が主張してきた政策だ。何をもって同一労働同一賃金と言うかなど、定義を巡る論争などが起きているが、安倍首相からすれば、参議院選挙に向けた「民主党封じ」の狙いがあるのは間違いない。

アベノミクスによって格差が広がった!というのが安倍政権批判の典型パターンだが、同一労働同一賃金を目指すと明言するいことで、こうした批判を封じてしまおうというわけだ。

また、「最低賃金を全国加重平均で1000円にする」というのも同様だ。「安倍に先にやられた」と野党幹部は地団駄踏んだ。

意気軒高な安倍首相だが、思わぬ地雷を踏むかもしれない。同一労働同一賃金と並ぶ柱になる「高齢者就業の促進」での話だ。

焦点は「65歳定年の義務化」。現在、企業には、60歳の定年後も希望者全員を雇用することが義務付けられている。民主党政権下の2012年8月に成立し、2013年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法によってだ。雇用確保の方法としては、定年を60歳から65歳まで延長する方法のほか、定年の廃止や、再雇用などがある。

企業の中には定年を延長したところもあるが、ほとんどは、再雇用によって希望者には65歳まで働ける道を作ったケースが多い。だが、当時は民主党政権労働組合などから65歳定年を義務付けるべきだという声が強かった。

背景には、年金の支給開始年齢が60歳から段階的に引き上げられ、2025年には65歳になるという「事情」があった。60歳で定年となった場合、年金が得られるまで「無収入」の期間が生じてしまうのを防ごうというわけだ。

一律「65歳定年」でいいのか?
実は、その「65歳定年義務化」案がいまだに霞が関を徘徊している。厚生労働省は2011年6月に「今後の高年齢者雇用に関する研究会」を設置し、報告書を取りまとめた。そこには、「年金支給開始年齢までの間に無年金・無収入となる者が生じることのないよう雇用と年金を確実に接続させる必要」があると明確にかかれている。

そのうえで、年金の支給年齢が65歳に引き上げ完了となるまでの間に、定年を65歳に引き上げるよう、引き続き議論することが提言された。65歳までの定年延長義務付けを検討せよというわけだ。これがどうやらまだ生きているようなのだ。

年金支給開始年齢の引き上げは政府の「事情」だ。そのしわ寄せを定年延長義務化によって企業に押し付けようとしているわけだ。今も安倍首相の周囲からは、何とか首相に「定年延長義務化」という言葉を言わせようという動きがあるという。

2月23日の会議では安倍首相はこう語った。

「企業の自発的な動きが広がるよう、65歳までの定年延長や65歳以降の雇用継続を行う企業等に対する抜本的な支援・環境整備策のパッケージを『ニッポン一億総活躍プラン』の策定に向けて、政府を挙げて検討いただくよう、お願いします」

あくまでも自発的な動きで、65歳までの定年延長や雇用継続が広がるよう政府として支援するとしたのだが、官邸の官僚によれば、ぎりぎりまで65歳までの定年延長という文言を盛り込もうとする動きがあったという。

定年の65歳への延長義務付けは一見、社会にとってプラスの事のようにみえる。だが、65歳まで働ける社会と65歳定年義務付けはまったく意味が違う。65歳までの雇用義務を企業が負えば、企業はますます正社員の雇用に慎重になる。高齢者の雇用コストを賄うために、若者の採用を抑制することになるかもしれない。安倍首相が高めたいとしている日本企業の生産性を、逆に悪化させてしまう可能性すらある。

高年齢者雇用安定法で再雇用が義務付けられた結果、60歳以上の高齢者の労働市場が生まれつつある。定年後は年金収入や預貯金など資産に応じた自由な働き方ができる。それが一律に65歳まで義務付けとなれば、せっかくできた自由な市場がつぶれることになりかねない。

アベノミクスの「働き方改革」はいったいどんな働き方を目指そうとしているのか。今のところその姿は見えてこない。