「日本企業に必要なのは『年金ガバナンス』」 ニコラス・ベネシュ・会社役員育成機構(BDTI)」代表理事に聞く

コーポレートガバナンスをきかせるのは、年金が健全に機能することがカギだという本質的な話です。ACCIで成長戦略タスクフォースの委員長も務めるニコラス・ベネシュ氏のインタビューです。是非ご一読ください。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/032400019/

安倍晋三内閣は成長戦略の柱として、日本企業のコーポレートガバナンス企業統治)強化を掲げている。企業に「稼ぐ力」を取り戻させることで、経済成長を促そうという考えだ。2014年以降、企業のあるべき姿を示す「コーポレートガバナンス・コード」と、株主である機関投資家の行動指針である「スチュワードシップ・コード」を相次いで導入、これを「車の両輪」として規律を働かせる意向だ。
 一方で、東芝の巨額会計不正などガバナンスのあり方が問われる問題も発覚している。ACCJ(在日米国商工会議所)で成長戦略タスクフォース委員長を務め、自民党に両コードの導入などを働きかけてきたニコラス・ベネシュ・会社役員育成機構(BDTI)代表理事は、年金基金などにガバナンスをきかせることが重要だと語る。



  安倍晋三内閣はアベノミクスの成長戦略の柱として「コーポレートガバナンス企業統治)の強化」を掲げて、改革に取り組んでいます。ベネシュさんはどう評価しますか。

ニコラス・ベネシュ氏(以下ベネシュ) 以下は、あくまで個人の意見です。安倍内閣による「スチューワードシップ・コード」と「コーポレートガバナンス・コード」という2つのコードの導入は、重要な一歩だったと思います。問題は、その車の両輪がきちんと機能し始めているのかどうか、ということでしょう。

 スチューワードシップ・コードは、年金運用に携わる多くの金融機関が受け入れのサインをしました。しかし、その多くは金融庁の目を意識したり、営業のためにサインしているだけで、これによって運用業者である機関投資家の行動が大きく変わったようには見えません。


年金基金は署名せず
 問題は実際に運用資産を保有している人、つまり運用を委託する顧客であるエンド・アセット・オーナー(最終資産保有者)がスチュワードシップ・コードに署名し、それを守るために動き始めていないことです。

 最終資産保有者はだれかというと、年金資産を運用する年金基金や、投資信託などで運用する個人です。特に一番大事なのは年金基金が動くことです。日本の私的(企業)年金基金スチュワードシップ・コードに署名しているところは、銀行系を除くとほとんどありません。

  スチュワードシップ・コードは英国で導入された仕組みですね。

ベネシュ 英国でも同じ事が問題になりました。スチュワードシップ・コードに魂を入れたのは年金基金だったのです。年金基金が本気になれば、その資金運用を受託する金融機関も本気になるります。基金から「きちんと運用しないなら委託先を変える」と言われれば、受託している資金のサイズが大きいだけに、機関投資家は真っ青になって行動します。

  機関投資家が運用成績を上げるために、本気で企業に圧力をかければ、コーポレートガバナンスが機能するわけです。

 逆に年金基金が何も言わず、運用する機関投資家に任せきりだったら、彼らは何もやりません。株主としての企業に収益改善を求めたり、配当増額を求めたりするような「対話」や「エンゲージメント」は大きなコストがかかるからです。英国でも企業年金スチュワードシップ・コードに署名するまでは、この仕組みはあまり機能していなかったのです。英国では公的年金や大手の企業年金による署名は始まったばかりですが、すでに88機関が署名しています。

  米国はどうなっていますか。

ベネシュ 米国でガバナンスが大幅に進んだのはエリサ法(ERISA=従業員退職所得保障法)の効果です。1974年にできた法律で、厳格なフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)が課されています。年金基金の理事は受託者責任を負っていますが、同時に資産運用している金融機関も連帯責任に近いような受託者責任を負っています。お互いと監督し合う関係になっています。労働省が管轄で、年金受益者の利益を守るために様々なエンフォースメント(法執行)活動を行っています。労働省にEBSA(雇用者給付金保護局)というのがあって、年金受益者のためにどれぐらい資金を取り戻したかとか、処分命令を出したか、誰を訴訟したかなど、固有名詞を上げて活動実績を公表しています。


日本は英国流でいくべきかも

 英国の場合は独立した規制機関を設置して年金受益者の保護活動を行っています。米国のエリサ法は複雑に感じますが、英国の規制機関の方が分かりやすさを優先しているので、日本は英国流でいくべきかもしれません。

 日本では2012年に起きたAIJ投資顧問による年金消失事件をきっかけに、厚生労働省が企業の年金基金を監査する制度を作ったようですが、欧米のような活発なエンフォースメント活動はしていません。具体的な情報の公表も不十分です。日本は働く人を大事にする国だと自負しているはずですが、私には不思議に感じます。

  日本では年金の管理運用は会社任せ、基金任せで、細かくチェックしている人はいないでしょう。そもそも企業年金で不正が起きると思っていません。

ベネシュ たしかにAIJの問題が表面化するまで、新聞の1面記事になるような不正はあまり起きていませんでした。しかし、年金支給額が減額されることは珍しくないし、利益相反の問題は常に起きているのではないでしょうか。例えば、年金基金の運用委託先を決める時、会社の主要株主だからとか、昔から取引関係があるという理由で選ばれているケースはたくさんあります。投資技術が高くて、過去の投資利回りは優位だった、運用手数料が安いといった具合に、年金受益者の利益を第一に考えて選択しなければなりません。

 それは基金と理事の責任です。確定拠出年金にしても、米国に比べて運用ファンドの選択肢が少ないし、議決権行使に対する監視が空洞化している懸念があります。運用する金融機関を会社の事業上のつながりで選ぶと、年金受益者の利益を損なう可能性があるのです。出発点から利益相反にならないように、きちんと競争的な選定プロセスを経るべきでしょう。

 問 同じグループの金融機関に運用委託している会社はたくさんあります。利益相反が起きた時、問題視する人はいないのでしょうか。

ベネシュ その通りです。とくに受益者に対する開示が不十分ですね。年金などに関して、包括的な情報開示の仕組みを作るべきでしょう。従業員が自分はどんな年金のどのようなプランでカバーされているのか、退職金も含めて、毎年開示されるべきです。会社が運営する年金プランについて、積み立ての状況や過去からの利回り、管理の状況、スチュワードシップ・コードに署名しているか、署名していない場合にはその理由などを開示させる。理事の専門性や資格、議決権行使の責任者とその方法などの情報も重要です。


責任の取り方を明確に

 やはり、年金やその他の退職後の収入を確保するスキームの受益者を守るための基本法のようなものは必要ではないでしょうか。会社や基金の理事、運用業者の責任の明確化と、受益者への訴訟権限の付与などを明確にすべきです。また、運用方法や年金の管理などに疑問がある場合、加入者の一定割合が要求すれば行政の専門組織が調査するような仕組みも必要です。厚生労働省がそれを担うならば、どんな活動をしてどんな実績を上げているか毎年公表すべきでしょう。

  GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のガバナンス改革作業が始まっています。

ベネシュ 年金ではGPIFが象徴的な存在です。GPIFはスチュワードシップ・コードには署名していますが、投資方針にはGPIF自身のガバナンス原則がありませんし、コーポレート・ガバナンスコードを支持する方針さえありません。GPIFは運用対象として日本株を大量に保有しているわけですが、議決権を行使するための原則が明確ではなく、運用業者に任せきりです。世界中の大手公的年金の例にならって、GPIFは原則を策定し、運用業者にその執行を委託することで、株式を保有している企業に対して健全なプレッシャーをかけるべきです。

 もちろん、GPIFの責任体制を明確にすることは大前提です。現状のGPIFはどうみても専門性が低い。運用で問題行為が発覚した時の責任のあり方を明確にしないとまずいですね。理事を解任するなど明確に対処しないと、規律が働きません。

 退職後の収入が確実だということになれば、老後に備えて過度な貯蓄をする傾向が薄まり、消費にもっとおカネが流れるようになります。年金受益者を守る「年金ガバナンス」を徹底させれば、日本経済には間違いなくプラスに働きます。アベノミクスで掲げている「コーポレートガバナンスの強化」を完成させるためにも、年金ガバナンスの整備は不可欠です。

ニコラス・E・ベネシュ氏
 独立系M&Aアドバイザリー専業ブティックのジェイ・ティ・ピー代表取締役。米国スタンフォード大学卒業後、米国カリフォルニア大学(UCLA)で法律博士号・経営学修士号を取得。旧J.P.モルガンに入り、11年間勤務した後独立。2009年に公益社団法人「会社役員育成機構(BDTI)」を設立し代表理事に。日本在住は30年を超える。これまでにアルプス取締役、スキャンダル後のLDH(旧名ライブドア)、セシールなどの社外取締役を歴任した。在日米国商工会議所(ACCJ)の成長戦略タスクフォース座長なども務める。