「マイナス金利」は不動産価格を押し上げるか? 公示地価が8年ぶりに上昇

公示地価が8年ぶりに上昇に転じました。マイナス金利政策を本気で推し進めれば不動産など資産インフレが起きることは確実です。日本の不動産は本格的な上昇局面に入るのでしょうか。日経ビジネスオンラインに4月8日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/

バブル崩壊以降、ほぼ一貫して続いてきた不動産価格の下落がようやく止まり、上昇に転じる気配が出てきた。

 国土交通省が発表した今年1月1日時点の公示地価によると、住宅地や商業地などを合わせた全用途の全国平均が前年比プラス0.1%と、2008年以来8年ぶりに上昇に転じた。

 主因は、ここ数年下げ止まりが鮮明になっていた商業地が0.9%の上昇に転じたこと。住宅地は8年連続の下落になったが、下落率は0.2%と前の年の0.4%に比べても縮小しており、下げ止まり感が一段と強まった。

 問題はこれで地価が本格的な上昇に転じるかどうか。公示地価はバブル崩壊以降下げ続けてきた。いったん2007年と08年はプラスに転じたが、08年秋のリーマンショックによって再びマイナスになっていた。今回プラスとなった流れがどこまで続くのか。再び腰折れしてしまうのか。景気の先行きを占うことにもつながるだけに、関心が集まっている。

 今回の地価上昇のけん引役は東京圏の商業地で、3年連続の上昇だった。3年続きの上昇と聞くと、すっかり値上がりが定着した感じがするが、決してそうではない。上昇率が07〜08年の時に比べて小さく、勢いが乏しいのである。

 07年の上昇率は9.4%、08年は12.2%だった。ところが、14年は1.7%、15年は2.0%、そして今回発表した16年は2.7%といった具合だ。ジワジワと上昇率が拡大してはいるが、勢いは8年前と大きく違う。テレビのワイドショーなどでは銀座の一等地の地価が上昇したことを強調していたが、まだまだその勢いは弱いのである。

 不動産価格の行方を占うもうひとつの統計がある。新築の住宅や分譲用マンションが何戸着工されたかをまとめた「新設住宅着工戸数」の推移だ。

 昨年6月頃には着工戸数が急増し、これで長年続いた住宅着工の低迷に終止符が打たれるかに思われた。昨年6月は8万8118戸と、消費増税前の駆け込み着工が多かった2年前(13年6月)を上回ったのだ。ところがそれ以降、再び13年の月間数字を下回り続けてきた。昨年10月には消費増税の反動で落ち込んでいた14年10月の数字も下回り、住宅建設の冷え込みが鮮明になっていた。

 それが3月末に発表された2月の統計で、変化の兆しが出てきたのだ。

スイスでは「マイナス金利」で不動産購入が活発化

 2月の住宅着工は7万2831戸と前年同月に比べて7.8%も増加。13年の数字も上回り、2月としては2009年以降で最多となったのである。今後もこの傾向が続くのかどうか。3月以降の統計の推移が注目される。

 今後の不動産価格や住宅着工に大きな影響を与えそうなのが、1月に日本銀行が導入を発表した「マイナス金利」である。市中銀行が日銀に「当座預金」を預ける場合、マイナス0.1%の金利を付けるというもの。仮に100億円預けると1000万円が「マイナス金利」として差し引かれることになる。

 市中銀行にとっては、資金を当座預金に置いておけば損をするだけなので、無理をしてでも貸し出しや投資に回すことになる。そうなれば世の中におカネが回るようになるというわけだ。日銀はこうした“追い出し効果”を狙っているのである。

 マイナス金利を巡ってはエコノミストの間で評判が良くない。金融機関の経営を圧迫し、むしろ貸し渋り貸しはがしにつながりかねないという主張もある。

 マイナス金利はすでに欧州では導入されている政策だ。スイスの中央銀行であるスイス国立銀行SNB)は2015年1月から当座預金に0.25%のマイナス金利を課している。欧州域内でも最強の通貨であるスイスフランへの資金流入を抑える効果が出ているとSNBは分析している。日本でも円高を防ぐ効果が期待できるということになる。

 スイスでは為替への効果と共に起きたことがある。不動産価格の上昇だ。企業や個人が極めて低い利率で資金調達ができるようになったことから、住宅や商業地などの不動産購入が活発化したという。

 つまり、日銀が本気でマイナス金利政策を続ければ、不動産価格は上昇しそうなのだ。

 考えれば当然だろう。不動産会社は調達した資金で不動産物件を購入し、それを販売したり賃貸に回すことで利益を上げる。調達する資金のコストよりも高い利回りが稼げるならば、資金調達して不動産を購入することになる。

 住宅を購入しようとしている個人にとっても話は同じ。住宅ローンの金利が仮にゼロになれば、元本返済だけすれば済むわけで、ぐんとマイホームが近づく。マイナス金利政策が効いて来れば、不動産に火が付く可能性は十分にあるわけだ。

 問題は日銀が本気でマイナス金利政策を続けるか。日銀に預けられている当座預金は240兆円あまり。このうち30兆円は無利子で、210兆円に0.1%の金利が付いている。日銀が導入したのは、当座預金をこれ以上増やした場合、その部分についてだけ0.1%のマイナス金利とすることにしたのだ。つまり、従来の210兆円は手付かずのままなのだ。

 日本の金融機関は保有する資産のうち貸し出しに回しているのは4割に満たない。国債や株式などの保有と並んで大きいのが全体の2割以上に達する現預金である。この多くが日銀の当座預金に積まれているわけだ。

 現在導入されている0.1%のマイナス金利は、「もうこれ以上日銀に持ってくるな」ということなのである。今すでに日銀にある当座預金の扱いは変わらないわけだ。

日本の不動産は世界的に見ても割安感が強い

 もし、日銀が「本気」になって、現在、当座預金に積まれている資金の一部にまでマイナス金利を導入したり、あるいは金利をゼロに引き下げたりすれば、巨額の資金が動き出す可能性がある。そうなれば、間違いなく資金は不動産などの資産に向かう。

 企業の設備投資などに資金が回り、生産活動が拡大して、企業収益が上がり、給与の形で従業員に還元される──。それが景気好転のシナリオだ。こうしたサイクルがマイナス金利によって動き出すかどうかは微妙だが、不動産や株式といった資産価格の上昇をもたらす可能性は大きい。流入する資金が巨額になれば、不動産バブルが起きてもおかしくはない。もちろん住宅投資の波及効果は大きい。住宅が建てば、家具や家電製品、自動車などの耐久消費財の買い替え需要につながる。

 足元の景気を見ると、逆風が強まっている。個人消費の低迷が続いているのだ。14年4月の消費増税の影響が残っている。また、円安で輸入食材などを中心にジワジワと物価が上昇している一方で、賃金は思うほど増えていない。実質賃金は減少傾向にあるのだ。そんな中で、不動産需要に火が付くかどうかは、景気の先行きにとって極めて大きい。

 もちろん、日銀がマイナス金利政策を本気で推し進めることが重要になる。つまり、追加策を打ち出せるかどうかだ。マイナス金利によって本格的に不動産価格が上昇し始めれば、投資が投資を呼ぶ好循環に入る可能性もある。

 ただし、不動産価格が上昇しているスイスなどと大きく違うことがある。日本は人口が減少していることだ。スイスはドイツからの移住者が増えていることも、不動産価格の上昇の一因になっている。日本でも中国人などによる不動産購入が目立つが、それでも海外からの移住者は少ない。

 日本の不動産は世界的に見ても割安感が強い。本格的に不動産価格を上昇させるには、不動産を買うような富裕な外国人が日本に定住しやすいような制度整備を急ぐべきだろう。