原油価格30ドル割れで原油国経済が動揺

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。3月号(2016年2月発売)に書いた原稿です。クロノス→

クロノス日本版 2016年 03 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2016年 03 月号 [雑誌]

 2016年は年初から世界の市場が大きく揺れている。1月12日のアメリカ・ニューヨーク原油先物市場では、代表的な指標銘柄であるテキサス産軽質油(WTI)の価格が12年1ヶ月ぶりに1バレル=30ドルの大台を割った。その後も下落が続き、1月20日には26ドル台を付けた。
 原油価格の大幅な下落が続いているのは、中国経済の減速などによって、世界的に原油の需要が落ち込んでいるにもかかわらず、中東などの産油国が減産に乗り出す姿勢を見せないため。さらにイランが主要国との間で核開発を巡る合意に達し、対イラン経済制裁が1月16日に解除されたことも大きい。イランは世界有数の産油国で、経済制裁解除によって今後輸出が再開されれば、原油の需給は一気に緩むとの見方が強い。
 WTI原油は2008年7月、1バレル=147.3ドルの史上最高値を付けた。その年のリーマン・ショックで1バレル=40ドル台に急落したものの、その後は1バレル=100ドル前後に戻していたが、2014年秋に再び急落、2015年は1バレル=40ドルから60ドルの間で取引が続いた。1バレル=26ドルという価格は最高値からみれば5分の1弱、去年の価格水準からみても半値である。
 その原油安が産油国の経済を大きく揺さぶっている。世界有数の埋蔵量を誇り原油からの収入への依存度が高い南米ベネズエラは、1月15日にニコラス・マドウロ大統領が「経済緊急事態」を宣言した。国家財政が事実上破綻し、猛烈なインフレによって物価が2倍以上になっている。食用油やトイレットペーパーなどの日用品も不足しているという。
 産油国ロシアも大打撃を被っている。1月21日にはロシアの通貨ルーブルが、1ドル=85ルーブルと、通貨単位を切り下げた1998年以降の最安値を更新した。ロシア政府の財政悪化が要因だが、ルーブル安によって、ルーブル建てに換算すればドル建てほど原油収入の減少は大きくならない。原油安によってロシア国内の経済を直撃させないようにする政策とみることもできる。
 ロシア政府は原油価格が高かった時期に、利益を基金として積み立てる政策を取ってきた。現在の原油価格では製造原価を回収できないとの見方が強いが、この基金によって国家財政がすぐに破綻する状況にはなっていない。
 とはいえ、ルーブル安はロシア人の購買力を大きく落としていることは間違いない。2000年以降のロシアは原油収入によって国家財政が潤い、高い経済成長を実現してきた。豊かになったロシア人は欧州やアジアの高級ホテルで豪遊したり、高給ブティックで買い漁ったりするなど、元祖「爆買い」に走った。それが原油安で一気に姿を消している。
 日本政府観光局(JNTO)の推計によると2015年1年間に日本を訪れた外国人は1974万人と過去最高を記録した。主要20ヶ国のうち19ヶ国からの来日客が過去最高だったが、ただ1ヶ国ロシアだけが前の年に比べて15%も減少した。
 ロシア人は高級品思考が強く、高額の時計や宝飾品の需要を支えてきた。当然、時計業界への影響も大きい。スイス時計教会の統計では、2015年1月から11月までのスイス時計の輸出額は、ロシア向けが1億7220万スイスフラン(約200億円)と、前年の同期間の2億6010万スイス・フランに比べて33.8%減と大きく落ち込んだ。
 今後は、中東産油国の経済への影響が懸念される。サウジアラビアカタールクウェートアラブ首長国連邦といった国々の原油生産コストは低いとされているが、現状のような原油安が長引けば、景気への影響は必至。去年1月~11月のスイス時計の輸出額は、対前年同期間比で、サウジアラビアが9.9%増、カタールが5.5%増とまだ影響が出ていないが、クウェートは前年同期間並にとどまり、アラブ首長国連邦は8.5%減となっている。観光の中心として急成長したドバイの減速などが、時計販売に影を落とし始めたと言えそうだ。