電力業界の地図を塗り替える 電力小売り自由化がいよいよスタート

月刊エルネオス4月号(4月1日発売)に掲載された原稿です。
http://www.elneos.co.jp/

自由化で拡大するマーケット

 四月一日から電力小売りの自由化が始まる。東京電力関西電力といった地域の大手電力会社と契約するのが当たり前だった一般家庭の電気も、自由に事業者を選ぶ時代になる。すでに新規参入する会社が、従来の地域の電力会社より割安な料金などを示し、顧客争奪戦が始まっている。読者の中にも契約を切り替えた人がいるに違いない。
 かつてNTT(日本電信電話)一社が電話事業を独占していたことを知る世代も少なくなってきた。いまや契約する電話会社を選ぶのは当たり前で、料金やサービス内容を見ながら契約者が電話会社を替えている。
 独占が崩れると過度な競争によってサービスの質が落ちるというのが自由化反対論者の主張だった。結果は見ての通り、電話会社もさまざまなサービスを打ち出し、利便性は大いに増した。昔、電話料金として払っていた金額よりも多額の通信料を支払うようになっているが、受けるサービスは格段に広がった。つまり、自由化でマーケットが拡大したのである。
 いよいよ電気もそれと同じように、自由に競争する時代の幕が開く。長年自由化に反対してきた人たちは、競争が激化すれば電気の質が低下し、停電が起きるようになる、料金も下がらないと言い続けてきた。果たしてどうなっていくのか。
 経済産業省によると三月十四日時点で「小売電気事業者」として登録しているのは二百二十五社。このほかに八十九件が審査中で、今後、順次登録されていく。すべての会社が一般家庭向けの電力販売を行うわけではないが、電力事業への参入ラッシュが起きている。
 二〇〇五年に五十㌔㍗以上の契約は自由化されており、大型小売店や企業、役所といった大口契約先が、大手電力会社から新電力に替えるケースが増えていた。それでも、いわゆる「新電力」会社が販売する電力のシェアは一五年七月でも八%に過ぎない。
 四月からは五十㌔㍗未満の一般家庭や小規模な商店・事業所向けも自由化される。一般家庭の契約数は七千八百万件、商店などは七百万件で、市場規模は八兆円。地域の大手電力会社の独占市場が崩れることで、一気に新電力のシェアが高まることになりそうだ。

価格ではなくサービスで競争
 電話と電力が大きく違うのは、供給する電気を作るためのコストがそう簡単には安くならないこと。価格は自由化されるものの、大幅な格安料金を登場させるのは容易ではない。
 再生可能エネルギーと呼ばれる太陽光や風力などでの発電はむしろコストが高く、大手電力会社による高い価格での買い取り制度を設けることで普及してきた面がある。既存の大規模な発電設備を持つ大手電力会社の電気のほうが、コストを低く抑える余地はありそうだ。
 もちろん、製鉄所や製紙会社など本業の製品を作る過程で生まれる熱を利用して発電する企業にとっては、あくまで電力は副産物なので、低価格で販売できる。だが、こうした会社が電力販売のために設備投資をすれば、それだけでコストが上がってしまう。
 そうしたことから、今後、小売りに参入する企業の多くが狙うのは、単に価格競争だけではなく、利便性を強調するサービスの提供になるだろう。すでに家庭との接点を持つガス会社や電話会社が、既存のサービスと電力をパッケージにすることで、全体の契約料金を引き下げる戦略に出ている。IoT(アイ・オー・ティー)と呼ばれる通信と家電製品などを連携させたサービスも出てくる。
 東急電鉄のように、沿線に住宅街が広がる電鉄会社が電力小売り事業に乗り出す例も出てきた。グループ会社で展開する通信サービスやCATV、ホームセキュリティなどと組み合わせて、総合生活サポートサービスとして取り組む。また、東京ガスなど地域に都市ガスを供給しているガス大手も、電力小売りに参入することで、総合エネルギー産業への脱皮を進めていくことになる。

シェアを奪われる大手電力会社

 既存の発電設備を持つ大手電力会社だが、一方で不利な競争を強いられる面もある。発電コストが安いという名目で積極的に拡大してきた原子力発電が、今は逆にお荷物になっているのである。東日本大震災以降、再稼働できずにいる原発が多く、維持管理コストだけが重くのしかかる。規制料金体系の中、電気料金に上乗せしてきたが、今までのやり方を続ければ、新電との価格競争で立ち遅れることになりかねない。
 実際、福島第一原子力発電所廃炉作業が続く東京電力や、原発依存度が高かった関西電力は、他の大手電力会社と比べても電気料金が割高だ。自由化される八兆円市場のうち三兆円近くが東京電力の市場だ。事故を起こした東電への不信感は根強く、新電力の参入が進む可能性が高い。
 関西電力圏内も一兆円以上の市場だ。再稼働したばかりの高浜原発に対して、大津地方裁判所が運転を差し止める仮処分を下し、関西電力の稼働原発は再びゼロになっ。これを受けて関西電力は予定していた値下げを見送った。関西電力の電気料金は高止まりしており、新電力などへのシフトが起きる可能性が高い。既存の発電設備による発電能力を持ちながら、電力販売量が落ちてしまえば、逆に設備資産が重荷になってしまう。
 電話事業が自由化された後の日本の通信市場の変化を見れば、電力小売りの自由化がさまざまな新サービスを生み出すことになるのは明らかだ。NTTが通信を独占していたら、家庭用インターネットの常時接続や携帯電話の普及が一気に進むことはなかっただろう。一方で、新規参入した通信関連会社の多くが淘汰され、集約されてきたことも事実だ。
 四月から小売りに参入する会社がすべて隆々と成長していくわけではなく、競争の中で合従連衡しながら、新しいエネルギー企業の形が生まれてくることになるのだろう。四月から始まる電力戦国時代を勝ち残っていく企業はどこか。十年後の電力業界が激変していることだけは間違いなさそうだ。