「マイナス金利」本格化なら、資産インフレがやってくる

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。5月号(4月上旬発売)に書いた原稿です。クロノス→高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]http://www.webchronos.net/

クロノス日本版 2016年 05 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2016年 05 月号 [雑誌]

 日本銀行が1月29日の金融政策決定会合で導入した「マイナス金利」政策には否定的な声が多い。金融機関の経営を圧迫し、むしろ貸し渋りに拍車がかかり、景気にはマイナスだといった批判が渦巻いている。発表のタイミングが、世界的に株安が続いていた時期と重なったことも有り、急上昇した株価も数日で息切れした。では、本当にマイナス金利は景気にマイナスなのだろうか。
 導入された政策は、正式には「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」という。従来の量的金融緩和に加えて、マイナス金利政策を導入したのだが、マイナス金利とは何か。
 銀行におカネを預けておくと金利がもらえるのではなく、逆に手数料をとられるのが「マイナス金利」だが、すぐさまそんな状況が発生するわけではない。というのも日銀が導入したのはごく部分的なマイナス金利政策にすぎないからだ。
 具体的には、市中銀行日本銀行に「当座預金」を預ける場合、マイナス0.1%の金利にするのだが、それもすべての当座預金が対象ではなく、新たに預ける分だけだ。すでに日本銀行に預けられている当座預金は250兆円近くあり、そのうち210兆円にプラス0.1%の金利が着いている。その分はこれまで通り変わらないものの新たに預ける分がマイナスになる。だいたい30兆円ぐらいが対象になるのではないかとみられている。
 市中銀行にとってみれば、日銀に当座預金として預ければ損をしてしまうので、何とか自力で資金を使おうとする。株式などに投資をするか、企業に貸し付けるか−−−。そうやって世の中におカネが回り始めることを日銀や政府は期待しているわけだ。ちなみに、今までの預金210兆円は従来通りなのだから、金融機関の経営がこれで傾くほどの問題ではない。むしろ、貸し出しや運用に精を出す背中を押すことになるだろう。
 貸し出しの金利がマイナスにならずともゼロに近づけば、企業であろうと個人であろうとおカネを借りるのは間違いない。特に不動産や株式など「資産」を買う人にとっては絶好のチャンスだ。不動産にせよ株式にせよ賃貸料や配当といった収益をもたらす。マイナスやゼロに近い金利で借りた資金を、一定以上の利回りで運用できるのなら、借りない手はない。不動産業者は真っ先に借金をして物件を仕入れるはずだ。
 個人にしても、いずれ自分の住む家を買おうと思っていた人なら、住宅ローンを組む絶好のチャンスになる。
 借金をしてまで株式を買う人はいない、と思われるかもしれない。日本企業は今、余剰資金を手元にかかえている。これで自社株を買って消却し、その一方でゼロに近い金利で長期の社債を出せば、資金コストを大きく下げることが出来る。
 現状のマイナス金利政策はごく一部なので、即効性は乏しいが、さらにマイナス金利政策を本格化することになれば、一気にその効果はでるだろう。不動産価格や株価は上昇することになる。
 実は、マイナス金利政策を続けている先進例がいくつもある。スイスや欧州連合EU)だ。開始以来、不動産価格は大きく上昇を続けている。スイスのチューリッヒ湖の周囲は高級住宅が多いことで知られるが、日本円にして一億円以下の物件はほとんどない。マイナス金利導入以降、2倍近くになった物件も少ない。
 こうした資産価格の上昇は、消費に大きなインパクトを与える。「資産効果」と呼ばれるものだ。不動産価格や株価が上がることで、富裕層が持つ資産の価値が膨らみ、それによって財布のひもが緩む。時計や宝飾品、絵画や美術工芸品といった高額商品にその矛先が向く。
 仮に当座預金の30兆円分だけでなく、今ある210兆円にまでマイナス金利の対象が広がるような頃になれば、その資金が一気に資産に向かう可能性はある。交代の色彩が強まっている日本の国内消費を一変させる可能性を秘めている。