増税より成長が財政再建の近道 「国の借金」7年ぶり減少で、消費増税再延期は確定?

日経ビジネスオンラインに5月13日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/051100023/?P=1


 増え続けてきた「国の借金」がついに減少に転じた。国債と借入金、政府短期証券を合わせた「国の借金」の今年3月末の残高を、財務省が5月10日に発表したが、年度末としては2008年度以来7年ぶりの減少となった。


■国の借金の推移(単位:兆円、2016年3月末)

 3月末の「国の借金」は1049兆3661億円。1年前に比べて3兆9911億円減少した。この20年間では、2008年度に2兆7426億円減って以来の減少である。

 もちろん、社会保障費の増加が止まったわけではない。好調な企業収益に支えられて法人税などの税収が大きく増えた結果、短期の資金繰りのために発行する政府短期証券などが大きく減ったことが大きい。アベノミクスによる経済の底入れが、国の財政状況を改善している。

 例年ならば、財務省の意向を受けて「借金が増えて大変だ」と大騒ぎするメディアも今回は静かだ。NHKは「国の借金1049兆円余り 厳しい財政状況続く」という見出しを立て、7年ぶりの減少であることは後回しにしていた。だが、さすがに新聞各社は「『国の借金』7年ぶり減少 15年度末1049兆円」(日本経済新聞)、「『国の借金』、1049兆円 7年ぶり減少」(読売新聞)と、減少となったことを見出しにとっていた。

 昨年のこの時期、新聞紙上には、15年度末の見込みとして1167兆円という数字が躍っていた。国の借金の増加が今後も続くという財務省の試算を使い、危機感を煽るかのような記事にしていたのだ。

 財務省は昨年11月になっても、この1167兆円という見通し数字を発表などで使っていた。今年2月になって、見込み数字を1087兆円に引き下げたが、あくまで前年の1053兆円は上回って過去最高になるという点にこだわっていたのだ。

 ところが、ふたを開けてみれば3月末の残高は1049兆円。6か月前の見込み数字と比べれば118兆円以上も少なく、3カ月前の見込み数字も40兆円近く下回った。118兆円と言えば、一般会計予算の1年分以上である。

本来なら「借金」減少で、財務官僚は胸を張るべき

 何でこんな違いが生じるのだろうか。金利低下などで試算の前提が狂った、といった反論はあるだろう。だが、あまりにも酷い。「国の借金」が大きく増えて大変だ、と国民の危機感を煽るために偽の試算数字を作り、国民の意識をメディアを使って“操作”しようとしているのではないか。

 もちろん1000兆円を超える「国の借金」が、大したことはないと言うつもりは、さらさらない。だが、本当ではない数字を国民に示すのは、明らかに“粉飾”(悪く見せるので正しくは“逆粉飾”)と言われても仕方がないのではないか。

 国民からすれば、7年ぶりの減少となった「国の借金」が、この先も減少傾向を続けるのかどうかが、最も知りたいところだ。ところが、今年はなぜか2016年度末、つまり来年3月末の見込み数字をどこのメディアも報じていない。金利低下が続く一方で、税収増が続き、「国の借金」はさらに減少するのか。それとも増加はするが、「大変だ」と大騒ぎするほどは増えないのか。来年3月末の見込みを出したくない理由が財務省にあるのだろうか。

 国の借金が減って、本来ならば、財務官僚は胸を張るべきだろう。国の財布を預かる立場からすれば、借金を減らした手腕は褒められるべき事のはずだ。ところが、財務省の論理ではそうならないらしい。

 財務省にとっては税収で入ってくるおカネも国債発行で入ってくるおカネも同じ「歳入」だ。借金も収入なのである。だから、借金を減らす事にインセンティブはない。

 国の借金を報じる記者クラブ詰めの記者に、わざわざ直近の日本の人口を教え、国の借金を人口で割らせて、「国民1人当たり826万円の借金」と書かせるのも、借金は国民のもので、国(政府)や財務省が借金しているわけではない、という観念が定着しているからだ。つまり、借金を減らそうと本気で思わないのである。

“悲願”の消費増税をスムーズに行いたい財務省

 もうひとつ。借金が増えれば増えるほど、それを補うためには「増税が不可欠だ」ということになる。逆に言えば、増税のためには借金が増えてくれていた方が国民の理解を得やすい。ここ数年、「国の借金が1000兆円を突破した」、「今年も過去最高を更新する」と声高に叫んできたのも、“悲願”である消費増税をスムーズに行いたいという下心があったことは明らかだ。

 今回、国の借金が減少したことで、財務省にとって不都合なことが、もうひとつ明らかになった。借金が減ったのは2008年度と2015年度。いずれも景気が良くなり法人税など税収が大きく増えたことで借金が減っている。財政再建のためには景気浮揚こそが重要であることが明らかになっているのだ。

 何とかして増税(税率引き上げ)を行いたい財務省からすれば、「増税よりも経済成長が重要」ということが事実として認識されてしまうのは不都合なのである。

 もちろん、今回の借金減少に2014年4月からの消費増税が貢献していることも間違いない。だが、今回は明らかに、消費税以外の法人税所得税増税が大きく貢献している。つまり、企業収益の改善や株価の上昇による所得税の増加が、「国の借金」を減らすにはより重要だというこが明らかになっている。同じく「国の借金」が減った2008年度も、増税は行っていないにもかかわらず、財政状態は改善した。

「国の借金減少」は、財務省にとって不都合な真実

 今回の「国の借金減少」のニュースがあまり大々的に報道されなかったのも、それが財務省にとって不都合な真実だったからに他ならない。

 今、ひとつの大きな焦点になっているのが、2017年4月からの消費増税を予定通り実施するかどうかである。現在8%の税率を10%に引き上げれば、本来ならば大きく税収が増えるはずだが、それによって消費が大きく落ち込んでしまえば税収は増えない。足元の消費は大きく減退しており、安倍首相周辺では消費増税を再延期するべきだという声が強まっている。

 ここで、消費増税しなくても「国の借金」が減ったという事実が大々的に報じられれば、増税よりも経済回復を優先すべきだ、という意見に拍車がかかることになりかねない。

 財務省が1167兆円というどう見ても実際にはそうならない「国の借金」の見込み数字を作ってまで、「危機感」を煽ったのも、何が何でも税率を引き上げておきたい、という思いがあったからだろう。

 今回の借金減少を受けて、財政再建には経済成長が不可欠だ、という安倍首相周辺の意見に弾みが付くのは明らかだろう。5月末の伊勢志摩サミットで世界経済の底上げに向けた政策合意を取り付け、日本国内の消費喚起を妨げないための政策として消費増税の再延期が打ち出される可能性が強いと見られている。日本がアジアの市場として高い購買力を持ち続けることが、世界経済の底割れを防ぐには不可欠という理屈である。

 そうは言っても1000兆円を超す「国の借金」を減らすための戦略は必要だ。サミットを前に打ち出されて閣議決定される予定の「ニッポン一億総活躍プラン」や「成長戦略」、「骨太の方針」に、どんな施策が盛り込まれるのか。それによって、日本経済は本当に成長路線に戻っていくのか、大いに注目されることになりそうだ。