アベノミクスの効果がじわりじわり!? 日本企業の立ち直りを示す「10兆円」という数字

現代ビジネスに6月8日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48863

初めての10兆円台に突入

今年も3月期決算会社の株主総会シーズンがやってきた。

ここ数年、安倍晋三内閣がアベノミクスの一環として掲げてきた「コーポレートガバナンスの強化」がジワジワと企業経営にも浸透し、徐々に成果を挙げ始めている。

日本企業に経営規律を働かせることで、「稼ぐ力」を取り戻させる一方で、従業員や株主などへの利益還元を進め、「経済の好循環」を生み出そうというのが狙い。「アベノミクスは失敗した」という声も根強いが、日本企業の行動を見る限り、着実に変化が生まれているように見える。

最も企業の変化が著しいのは株主還元姿勢。好業績を背景に配当を積み増す企業が増えている。

日本経済新聞が報じた上場企業3600社の集計結果では、2015年度の企業の配当総額は前の年度より1割多い10兆9000億円と初めて10兆円の大台に乗せる見通しだという。

配当の増加は「経済循環」にも大きく貢献する。個人投資家が配当を手にすれば、それが消費に向かう。株価が上昇して含み資産が増えることによる「資産効果」と違い、実際に支給される配当金はより消費に向かう可能性が高いと見られる。

資産家にしか恩恵が及ばないという批判もある。たしかに株式を大量に保有する人への恩恵が結果的に多くなるのは事実だが、国民の年金資産で保有する株式にも当然、配当は払われる。配当増は年金資産を増やすことにも大きく貢献しているのだ。

自社株買いは5兆円を突破

もうひとつ、企業が力を入れ始めているのが自社株買いである。これは、企業が余剰資金などを使って市場から自社の株式を購入するもの。市場に流通する株式が減ることから、結果的にその他の株主の持ち分を増やす効果がある。

また、株価の上昇にも結び付くケースが多く、株主還元としての意味がある。そうした自社株買いが2015年度には初めて5兆円を突破。8年ぶりに過去最高を更新した。

安倍内閣は成立以来、日本企業のコーポレートガバナンス改革に力を入れてきたが、それを明確に打ち出したのが2014年6月の成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」だった。ガバナンスの強化によって、日本企業のROE(株主資本に対する利益の比率)を国際水準並みに引き上げるとした。

それを達成させるためとして、社外取締役の導入や、企業のあるべき姿を示したコーポレートガバナンス・コードの受け入れなどを矢継ぎ早に求めたのだ。当初、経団連企業などには強い抵抗があったものの、財界が求める法人減税を安倍首相が前倒しで実施したこともあり、「バーター取引」のような格好になった。わずか2年で、大企業のほとんどは取締役会に社外の目を入れることになった。

経営者の間には当初、社外取締役を入れても経営手法は変化しないという醒めた見方もあった。だが、実際には、外部の人に説明して納得してもらうプロセスを通じて、日本企業は徐々に変わり始めている。その端的な例が株主還元だ。

安倍内閣は発足当初から、日本が成長しない理由を分析して、企業が内部留保をため込んで先行投資などを行わなくなったことが一因だという結論を出していた。一時は、企業がため込んだ内部留保に課税する案なども浮上したが、コーポレートガバナンスを通じて企業経営を徐々に改革するという手法に落ち着いた。

ガバナンス強化は成果が出るまでに時間がかかるのが難点だとみられていたが、早くもその効果が出てきたのである。

自社株買いブームの背景にあるもの

安倍内閣が掲げたROEの国際水準並みへの引き上げは、日本企業の利益率を2倍近く引き上げることを意味している。

本業で稼ぐ力を取り戻し利益を2倍にすることでもROEの引き上げは可能だが、一方で余剰な資本を小さくすることでROEを引き上げることもできる。ROEは分子が利益、分母が資本だ。

自社株買いは分母を小さくする第一歩とみることができる。社内で余っている資金を使って自社株を買い、それを消却すれば、資本は小さくなる。まさに今起きている自社株買いブームはアベノミクスROE向上という狙いに沿った動きなのである。

実は、日銀が導入を決めた「マイナス金利政策」も自社株買いの流れに拍車をかける可能性が強い。

企業が余剰資金を銀行預金などに積んでおいてもほとんど金利が付かないばかりか、マイナス金利によって、近い将来、手数料を取られる可能性も出てくる。企業は当然、手元資金の有効な使い道を探ることになる。

もちろん、成長の可能性がある分野に積極的に投資をしていくのも企業としてのあるべき姿だ。

だが現実には、なかなか投資チャンスがない。そこで浮上してくるのが自社株買いである。マイナス金利政策の効果によって、長期の社債を低利で発行することも可能になっている。

企業の財務戦略としては、相対的にコストが高くなった「資本」を減らして、ゼロ以下のコストで調達できる「負債」に置き換えることが合理的なタイミングになっているのだ。

実際、企業の中には、長期社債で資金調達する一方で、自社株買いをする企業も出始めている。

日銀がマイナス金利政策に本腰を入れ始めれば、こうした企業の自社株買いブームがさらに盛り上がるのは間違いない。日銀が2月に導入したマイナス金利政策は、市中銀行日本銀行に預ける当座預金のうち、新たに積み上がる分にだけマイナス0.1%を課している。

210兆円にのぼる当座預金には今でもプラス0.1%の金利が付いているのだ。その一部がゼロもしくはマイナスになれば、一気に資金が動き出す。

当然、市中銀行が預かる企業の預金金利も大きく下がることになるだろう。企業はますます余剰資金の持っていく場を探さざるを得なくなるのだ。

企業が配当を増やし、自社株買いを本格化すれば、株価にプラスに働くことは間違いない。また、企業自身のROEが高まれば、再び海外投資家が投資対象として魅力を感じ始めるようになるに違いない。