「同一労働同一賃金」の破壊力

産経新聞社が発行する日刊紙「フジサンケイビジネスアイ」のコラムに6月27日に掲載された原稿です。
オリジナルページ→
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/160609/ecd1606090500001-n1.htm

 ■年功序列見直し、高齢社員待遇引き下げも

 安倍晋三首相が働き方改革の柱として打ち出した「同一労働同一賃金」。厚生労働省に設置された「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」でガイドライン作りなどの具体的な作業が始まっている。参議院選挙後に提言を出すことを目指しているが、関係者によると作業が難航しているという。

 同一労働同一賃金は、文字通り、同じ仕事をしていれば同じ賃金が支払われるべきだという理念で、それには誰も異論をはさまない。だが、何が「同一」な労働なのかを定義することは簡単ではない。そもそも論のところで議論がかみ合わなくなっているらしい。

 正社員と契約社員といった身分の違いだけを理由に賃金差別をすることは問題だというのは誰しも理解ができる。ところが、正社員と契約社員で責任の重さが違った場合、どこまで賃金格差を付けても合理的かといった答えを出すのは至難だ。ましてガイドラインとなると明確な基準を設けなければならない。

 日本企業の場合、年功序列賃金で、勤続年数が長ければ、同じ仕事をしていても高い給与をもらっているケースが少なくない。若いうちは安月給で働く一方、定年間際ではあまり働かない窓際族でもそれなりに高い給与がもらえるのが実情だ。それが終身雇用を前提とする日本的な雇用慣行の結果として生じてきた現状なのだ。

 定年まで雇用される正社員の待遇は、長年の労働組合と会社側の「闘争」の結果生まれてきた。同一労働同一賃金を突き詰めると、そうした日本的な雇用慣行の結果として獲得した「既得権」を否定することになりかねない。

 5月に東京地裁であった判決が企業関係者の度肝を抜いた。定年後に再雇用されたトラック運転手が、定年前に比べて給料が下がったのは違法だと裁判所に訴えたのだ。判決で東京地裁は運転手側の主張を認め、差額分を支払うように命じたのである。

 日本では多くの企業が定年後も65歳まで再雇用する制度を導入している。大半が、再雇用で待遇を大きく引き下げている。判決が確定すると、それが難しくなる。

 そうなれば企業は年功序列の賃金自体を大きく見直さざるを得なくなるだろう。同じ仕事なら若い人にも高齢者にも同じ賃金を払うことになれば、「年功」だけで大きな賃金格差を付けることをやめるに違いない。その場合、高齢社員の待遇を変えずに若い人の賃金を引き上げるのかというとそうではない。人件費を大きく増やさないためには、高齢正社員の待遇を引き下げる方向に動かざるを得なくなる。

 安倍首相は日本的な雇用慣行に配慮しながら同一労働同一賃金を実現すると国会答弁で語っている。だが、それを2つとも両立させる答えを出すのは無理だ。結局のところ、日本型雇用慣行といわれるものが徐々に崩れていくことになるに違いない。