3年後には最低時給1000円超えも!? 安倍政権が「最低賃金」引き上げを焦る理由 消費の悪化は鮮明になるばかり

現代ビジネスに8月10日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49418

本当に人手が足りていない

最低賃金が今年も大幅に引き上げられる。

7月26日、厚生労働省中央最低賃金審議会小委員会が決めた全国の最低賃金の引き上げの目安は、全国平均で822円と、前年に比べて24円の引き上げとした。2002年に現在の決め方になって以降、最大の引き上げ幅だ。順次、各地の地方最低賃金審議会で答申を決め、10月をメドに適用される。深刻化する人手不足を背景に、引き上げが進む見込みだ。

安倍晋三首相は昨年11月に最低賃金を毎年3%程度引き上げることを表明。全国加重平均での最低時給1000円を目指す姿勢を鮮明にした。今年の最低賃金の改訂に当たっても、3%をメドに引き上げるよう関係閣僚に指示しており、今回の決定は、こうした政府の方針に沿ったものとなった。

厚労省の審議会が示した目安では、最も高い東京都が25円増の932円。第2次安倍内閣が発足する前の2012年秋の東京都の最低賃金は850円だったので、4年間で82円、率にして9.6%上昇したことになる。

2013年から3年間は毎年19円ずつ引き上げられてきたが、今年は25円とさらに上乗せされた。このままのペースで引き上げられると、3年後には東京や神奈川では最低時給が1000円を超えることになりそうだ。

時給の引き上げには企業経営者の抵抗が付きものだが、現状では目立った反発はない。中小企業などでは人件費の増加への不満が大きいが、それを吸収するために、厚労省が助成措置を拡充したことも大きかった。

それ以上に最低賃金引き上げに反対する声が小さいのは、深刻な人手不足に陥っているためだ。人材を確保するために、実態先行で時給が上昇しているのである。

特に、これまで生産性が低く、時給も安かった飲食・サービスなどの分野で人手不足が深刻化している。深夜の外食チェーンなどではアルバイト店員が確保できずに営業がままならないケースも出始めている。

東京五輪でますます深刻に

人手不足は深刻だ。6月の有効求人倍率は1.37倍と4ヵ月連続で上昇、1991年8月の1.40倍以来、24年10ヵ月ぶりの高水準となった。

東京ではさらに深刻で、有効求人倍率は2.05倍。1974年5月以来42年ぶりの記録的な高さになっている。東京オリンピックに向けて建設需要などが増えれば、人手不足はますます鮮明になるに違いない。

安倍首相が最低賃金の引き上げにこだわるのは、企業業績の好転などがなかなか家計を潤すまでには至っておらず、消費に結びついていないことがある。

アベノミクスの開始以降、「雇用者数を100万人増やした」というのが安倍首相の自己評価だが、「生活実感がない」「実質所得は減っている」といった批判が浴びせられてきた。7月の参議院議員選挙でも、野党がこの点を追求、「アベノミクスは失敗した」と断じた。

この批判をかわすためにも、アベノミクスによる円安効果が、企業業績を好転させるだけにとどまらず、それが従業員などの給与増に結び付き、さらに消費を押し上げるという「経済好循環」を巻き起こしたいと安倍首相は願っているわけだ。

雇用者数は大きく増え、有効求人倍率は歴史的な高水準になっているにもかかわらず、給与がなかなか増えない。だからこそ、最低賃金の大幅引き上げに安倍首相はこだわってきたわけだ。

果たして、賃金上昇は数字に表れてくるのか。ここへきて、ジワジワとだが、効果が表れ始めた可能性がある。

厚生労働省が8月5日に発表した6月の毎月勤労統計調査(速報値)では、名目賃金に当たる「賃金給与総額」が前年同月に比べて1.3%増え、3ヵ月ぶりに増加した。さらに、物価の増減を加味した実質賃金は1.8%増と5ヵ月連続でプラスになった。しかも、実質賃金指数の伸びである1.8%という数字は5年9ヵ月ぶりの高い伸びになった。

もちろん、物価が前年同月比で0.5%下落しており、再びデフレ色が強まっているという見方もある。だが、名目賃金も上昇したことで、本格的な賃金増加につながる可能性はまだある、とみることも可能だ。だが、こうした給与の増加が本格的な流れになり、それが消費に結びつくかどうかは予断を許さない。

何せ、足下の消費が弱すぎるのである。

財布のヒモが固すぎる

日本百貨店協会がまとめた6月の百貨店売上高は前年同月比3.5%減という大幅な減少になった。前年同月割れは4cか月連続である。好調だった訪日外国人向けの売り上げが、ひとり当たり単価の下落によって大幅なマイナスになったことも響いた。

特にこれまで底堅さを維持してきた「美術・宝飾・貴金属」や、ハンドバッグなどの「身の回り品」がマイナスになっている。こうした部門は百貨店の取り扱い商品の中でも利益率の高い商品だけに、百貨店の収益への影響は大きい。そうなれば、百貨店の社員やパート、アルバイトの給与は増えない。

スーパーの売上高もマイナスが続いている。日本チェーンストア協会がまとめた6月の販売額は、全店ベースで前年同月比1.4%減。既存店ベースでも0.5%減った。中でも衣料品の苦戦が目立った。明らかに庶民は財布のひもを締めているのだ。

6月に安倍首相が消費増税の再延期を表明したが、数字で見る限り、そのアナウンスメント効果はなく、むしろ消費の悪化が一段と鮮明になった。

安倍内閣は秋の臨時国会で大型の補正予算を通過させ、景気対策に本腰を入れるという。果たして、それが消費の本格的な底入れにつながり、経済の好循環が動き出すのかどうか。まだまだ目が離せない。