財政赤字全国ワースト3位から41年ぶりに黒字に!「非常事態の街」はなぜ復活できたのか

現代ビジネスに8月17日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49459

全国ワースト3位の不名誉な記録

国からの地方交付税交付金に頼らないで財政運営する自治体がわずかながら増加してきた。総務省が7月末に発表した地方交付税の「不交付団体」は77団体と、前年度に比べて17団体増えたのだ。都道府県は前年度に引き続き東京都だけだが、政令指定都市川崎市が不交付団体になった。このほか、愛知県岡崎市田原市、東京都国立市などが新たに加わった。企業業績の回復による税収増などが背景にある。

不交付団体の数は、2010年度の42を底に増加傾向にあるとはいえ、ごくわずか。全国の自治体は1765におよび、財政的に自立できているのは4%の自治体に過ぎないということになる。自治体の財政的な自立は不可能なのだろうか。

慢性的な財政赤字で全国ワースト3位になった不名誉な記録を持つ奈良県御所市。2008年に「財政非常事態宣言」を出し、2011年度決算で41年ぶりに一般会計の実質収支で黒字化。その後も黒字幅を増やし、地方債残高を減らしている。どうやって赤字体質と決別したのか。東川裕市長に聞いた。

――慢性的な財政赤字の体質にメスを入れました。何がきっかけだったのでしょうか。
東川 2008年に市長になるまで酒販店を営んでおり、まったく行政経験はありませんでした。財政が悪いというのは聞いていましたが、当選して改めて、「これはアカン」と愕然としました。

6月に市長になって9月には「財政非常事態宣言」を出しました。民間企業の経営で、赤字になればやる事は決まっています。支出を削って収入を増やすしかありません。まずは人件費の20%カットを打ち出しました。当然猛烈な反対です。県内外から反対派が集まってきてエライ騒ぎになりました。最終的に10%カットを実現しました。

また補助金も全額カットしました。様々な団体運営補助や同和関連の補助金なども全部切りました。

――御所市は水平社の発祥の地として、同和対策の長い歴史を持っています。そうした補助金も例外ではなかったのですか。

東川 ええ。7カ所あった隣保館を閉鎖し、市の施設として公民館に生まれ変わらせるなど、思い切った手を打ちました。

――市民の反応はどうでしたか。

東川 もちろん、色んな方が市長室に押しかけてこられました。反対する人はいましたが、驚いたのは、市民体育祭などへの補助を切ったところ、市民が自らおカネ集めをして体育祭をやろうという声が挙がったのです。「市にはカネがないんやから頼らんと自分たちでやろ」というわけです。市民との対話で、女性がすくっと立ち上がり、「今こそ御所市民の気概を見せましょ」と言ったのには感動しました。

切り札は「市税機動徴収課」

――収入を増やすというのはどういう事ですか。

東川 それまで低かった市税の徴収率を引き上げたのです。何しろ滞納繰越の多さも招集率の低さも県内一でしたから。払えるのに払わない市民がたくさんいました。払っていない事を自慢する人までいた。「市税機動徴収課」という部署を作って、高額滞納の解消に取り組みました。

お願いしても簡単には払ってくれませんので、徹底して差し押さえをやりました。給料や年金も差し押さえした。「市はそこまでやるんか」という本気度を見せる必要があったのです。2009年度に85.6%だった徴収率は2010年度には90.5%に上がり、2014年度は92.7%になりました。もちろん払えない人には分納誓約を取り付けて月々少しずつでも払ってもらうようにしたのです。

――その結果、3年後には実質収支を黒字にできたのですね。

東川 偉そうな事は言えません。要は何もやらなかったから黒字になったのです。おカネを出すことは一切やらない。市民も「市にはカネがないから、何かを頼んでも無駄や」という意識が定着しました。

ただ、そろそろ将来に向けておカネを使う必要が出てきました。御所も絵に描いたような少子高齢化地域です。このままではどんどん若い人が出て行ってしまう。今年6月は選挙だったのですが、5つの公約を掲げました。駅前と火葬場、市庁舎の整備、それに小中学校の統廃合と認定子ども園の整備です。

――小中学校の統廃合ですか。

東川 市内で去年生まれた子どもは125人でした。昨年よりさらに減っています。一方で現在、市内には7つの小学校と4つの中学校がある。これを全市で1つの小学校、1つの中学校に統廃合しようと提案しています。ただ、数を減らすだけではありません。ひとつにする以上は日本一の質の高い学校にする。教育の質を最高のものにすることで、御所市のイメージアップ、ブランド力のアップにつなげます。

私は、小さいころからのシチズンシップ教育が大事だと思っています。御所生まれであることに誇りを持ち、東京に出て行ったとしても地域に何らかの思いを寄せる子を育てたい。教育こそが町おこしの基本だと思います。

そのためには就学前教育から質の高いものにしなければなりません。御所市は貧富の格差が大きいのも問題なのですが、貧しい家庭に生まれた子どもが満足に学校も行かない貧困の連鎖が起きてしまう。これを断ち切るには小さいうちからの教育が不可欠です。人口が減っていく中で、1人ひとりの人間力を高めなければいけません。

財政自立の可能性はあるのか?

――地域おこしの一環としての教育ですか。
東川 学校を一か所にまとめたら、そこに市民育成学校のようなものも設置する。地域の特産品の商品開発などもそこでやればいい。学校が町おこしの中核拠点になるようなイメージです。ですから、これは文部科学省の領域だけではなく、地域おこしの話だと政府にも言っています。

――市税の徴収率は上がったようですが、税収自体は減っています。
東川 そうなんです。税収を増やすには産業が盛り上がることが不可欠です。御所市には磨けば光る原石のようなものがたくさんあります。小規模農業にしても付加価値の高い農産物を売れば十分にやっていける。コメや山の芋は名産ですし、御所柿の原種はこの地域から全国に広がっている。とにかく甘くて美味しい柿です。

御所町の古い街並みも外からいらした方たちから、是非保存すべきだと言われます。11月には行者が街中を練り歩く「霜月祭」という催しがありますが、その際には由緒ある町家を公開しています。知る人ぞ知るという感じでまだまだ観光資源としては生かし切れていません。

さらに、御所市には歴史の遺構がいたるところにあるので、まだまだ観光開発はやる余地があると思います。京奈和自動車道が全線開通すると関西空港から奈良に入る観光客が目の前を通るようになる。そのひとたちに少しでもおカネを落としてもらえるような仕組みを考えないといけません。

――産業振興がなければ、財政的な自立は難しいと思いますが、御所市がいずれ財政自立できる可能性はあるのでしょうか。
東川 自立は私のテーマですね。いまは夢のまた夢というところですが、これまでも「本気で自立した自治体を目指す」と職員にも繰り返し言ってきました。同和対策事業の予算として1500億円にのぼる巨額の資金が入っていました。それ自体はありがたい事だったわけですが、2001年にそれが終わると、財政は一気に苦しくなりました。特別交付税は一度もらうと、それに合わせた水ぶくれした財政構造になってしまいます。自立心を失わせてしまう負の側面もあったわけです。

立ちあがった自治体のこれからに注目したい。




東川裕(ひがしかわ・ゆたか)氏 1961年奈良県御所市生まれ。1985年関西学院大学法学部卒業。御所市商工会理事などを経て、2008年に御所市長に初当選。現在3期