首相も国会も逆らえない「労政審」とは

産経新聞社が発行する日刊紙「フジサンケイビジネスアイ」のコラムに8月24日に掲載された原稿です。オリジナルページ→http://www.sankeibiz.jp/econome/news/160824/ecd1608240500002-n1.htm

働き方改革阻む“岩盤”見直しなるか

 安倍晋三首相は「働き方改革」を今後3年間の最大のチャレンジと位置づけ、改革に取り組む姿勢を強調している。ところが、いくら首相が政治のリーダーシップを発揮しようとしても、それを阻んでいる組織がある。「労働政策審議会労政審)」だ。

 厚生労働相の諮問機関という位置づけだが「労働者」と「使用者」、学者を中心とする「公益代表」が同数の各10人で構成され、この「三者合意」が大前提になっている。しかも、他の審議会に比べて圧倒的に力が強く、国会に政府が出す法案の内容も労政審が前もって審議する慣行だ。三者合意した法案を国会で修正しようとしても至難である。つまり、政治の意思を反映できない仕組みになっているのだ。

 つまり、現状では、安倍首相がいくら改革をぶち上げても、労政審がウンと言わなければ一歩も進まないのが実情なのだ。

 その「岩盤」ともいえる労政審改革が動き始めた。厚労省が「働き方に関する政策決定プロセス有識者会議」(座長:小峰隆夫・法政大学大学院教授)を設置した。7月26日に初会合を終え、これから本格的な議論が始まる。もちろん、「三者合意」を大前提にやってきた役所が主導して設置したものではない。厚労相の指示に基づくものだが、実は2月に自民党の有志議員が厚労相に対して行った提言が大きなきっかけになっている。

 自民党の申し入れは、労政審を働く人たちの声をきちんと代弁する組織にすべきだ、というもの。「労働者代表」は全て労働組合の代表だが、今や組合の組織率は17%。働く人の多様な声を代弁しているとは言い難いというものだ。また、地方の声をもっと反映する会議体に変えるべきだ、という点も提言された。さらに、政府の方針や意思が反映されない点も問題視している。

 これまで金科玉条とされてきた「三者合意」は、国際労働機関(ILO)が出した「フィラデルフィア宣言」というものが「根拠」になってきた。終戦前の1944年に出された宣言である。しかし、宣言文を読んでも明確に三者で法律を決めよと書いてあるわけではない。

 決して、労働政策を政府主導で決めることを否定しているわけではないのだ。要は戦後の労働運動の中で、労使合意のうえで政策決定するというプロセスが「慣行」として出来上がってきたとみていい。

 三者合意を前提とする限り、制度の大改革は不可能に近い。これまで獲得してきた既得権の上に、接ぎ木するのが精いっぱいで、制度の微修正が関の山なのだ。安倍内閣は発足以来、「雇用」を岩盤規制の一つとして改革を掲げているが、遅々として進まないのはこのためだ。

 資本家と労働者の対立を前提にしていた終戦直後と、現在の会社と働く人の関係は大きく変わった。正社員として一つの会社で定年まで働き続けるというスタイルは当たり前ではなくなり、より多様な働き方を求める時代に変わった。そうした中で、労働政策の考え方や労働法制が時代遅れになっているのは明らかだ。

 果たして労政審にどこまでメスを入れられるのか。有識者会議の議論に注目したい。