人手不足の深刻化が進み賃金上昇の兆し アベノミクスでいよいよ経済好循環か?

月刊エルネオス7月号(7月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/number1507.html

雇用者数は四十カ月連続プラス

 人手不足が鮮明になってきた。求職者一人に対して何件の求人があるかを示す「有効求人倍率」が上昇を続けている。厚生労働省が五月三十一日に発表した四月の有効求人倍率(季節調整値)は一・三四倍と一九九一年十一月以来、二十四年五カ月ぶりの高水準になった。中でも都市部での人手不足が深刻で、東京都の有効求人倍率は二・〇二倍と、一九七四年六月以来四十二年ぶりの高い値を記録した。数字で見る限り、バブル期どころか高度経済成長期の人手不足が再来している。
 都市部の外食チェーンコンビニエンスストアの深夜勤務では時給を大幅に引き上げても働き手が見つからない状態。居酒屋では接客係が足りずになかなか注文がさばけないといった光景が常態化している。
 大企業の人手不足感も強まっている。リクルートキャリアが六月十日に発表した、二〇一七年春に卒業する大学生の六月一日時点の就職内定率は、何と五二・四%。今年から経団連会員企業などは、選考解禁を六月からに早めたが、解禁初日に半数の学生が決まったことになる。優秀な学生を早期に押さえようと争奪戦は熾烈さを増している。
 雇用で見る限り、景気は確実に良くなっている。参議院議員選挙を控えて野党などからはアベノミクスは失敗だといった攻撃が加えられているが、アベノミクスの開始以降、雇用情勢は好転し続けている。
 例えば「雇用者数」は第二次安倍晋三内閣が発足した一二年十二月までは前年同月でマイナスだったが、翌一月からプラスに転じ、それ以来、四十カ月連続でプラスになっている。最新データの今年四月の雇用者数は五千六百七十九万人で、一年前の四月に比べて百一万人も増えている。
 一方、完全失業者は一年前に比べて十万人減り、七十一カ月連続の減少になっている。失業率は三・二%と過去最低が続く。三・二%という数字は国際的に見れば完全雇用状態、つまり働きたいという意思を持っている人は、たいてい働けるという状態だ。

進まなかった給与引き上げ

安倍首相も「アベノミクスによって雇用が生まれた」と胸を張る。一時、野党からは雇用が増えているのは非正規雇用だけが増えていて、正規雇用は増えていないという主張があった。ちょうどアベノミクスを争点に総選挙が争われた頃だ。たしかに一三年、一四年というアベノミクスの最初の二年間は、非正規社員が大きく増える一方で、正規雇用はマイナスを続けた。
 野党は、正社員を切って非正規に置き換える動きが続いたためだと批判した。たしかに定年を迎える層の人口が多く、定年後の人たちが非正規の仕事に移ったことで、統計上、正規が減り、非正規が増えたという側面もあったと思われる。一方で、景気が上向いても企業経営者が先行きに確信を持てなかったため、まずは非正規雇用での採用を増やしたという面も確実にあった。
 ところが、一五年以降は一貫して正規雇用も増えている。一五年は対前年同月比で一%未満の増加だったが、今年に入って、一月一・七%増→二月一・七%増→三月二・〇%増→四月二・五%増と明らかに伸びが大きくなっている。
 一方、非正規雇用も再び増加し始めている。高齢者や女性などをパートやアルバイトなどとして採用する動きが広がっていることが背景にありそうだ。何せ、働ける人ならどんどん採用するというムードに都市部を中心に変わっているのだ。
 安倍首相は繰り返し「経済の好循環を実現する」と述べている。アベノミクスによる大胆な金融緩和で円高が大幅に修正され、輸出企業を中心に企業収益は大幅に改善した。最高益を更新する企業も相次いだ。その企業業績の好転が、いずれ給与の増加になって表れ、国民の幅広い層で景気回復を実感できるようになると言い続けてきたのだ。
 ところが景気回復の実感が庶民にはまったく伝わってきていないというのがこれまでの状況だった。特に一四年四月に消費税率が五%から八%に引き上げられたことで、可処分所得が逆に目減りし、消費を抑えざるをえない状況になった。経済好循環とは逆の状況に陥ったのである。
 安倍首相が経済界などとの対話で繰り返しベースアップを求めてきたこともあり、大企業を中心に給与を引き上げる動きが強まったが、中小企業はそう簡単ではない。結局のところ、儲けが大きくなっただけでは、経営者はなかなか給与を引き上げようとはしない。

給与アップで働き手確保

ところがここへきて、給与が増え始める気配が統計にも表れてきた。厚労省の毎月勤労統計調査で、賃金指数(一〇年の平均を一〇〇とする指数)を見ると、残業などを除いた「きまって支給する給与」が、一月九七・五→二月九八・四→三月九九・三→四月一〇〇・三と上昇し始めたのだ。中でも、これまで賃金下落が大きかった小売業などで、上昇する傾向が強まっているのだ。
 小売業などで給料が上昇基調になってきたのは、儲かっているからではない。人手不足が深刻化しているからだ。「卸売業・小売業」の労働時間の統計を見ると、所定外労働時間つまり残業時間が大幅に増えている。一〇年平均を一〇〇とした所定外労働の労働時間指数は、四月にはついに一二〇を突破した。人手不足によって残業時間も大幅に増えているが、それだけでは足らず、給与が上昇している。逆に言えば、給与を引き上げなければ働き手を確保できなくなっているのである。
 小売りや外食などのサービス産業では、接客する店員が足らなければ売り上げ減少に直結する。つまり、何とかして働き手を確保しようという動きにつながりやすい。それが賃金上昇に拍車をかけているわけだ。
 まだまだ給与の上昇が本格化するかどうかは予断を許さない。しかし、深刻な人手不足が給与を押し上げる構図は今後も続くだろう。雇用の伸びが腰折れせず、給与も上昇に弾みがつけば、低迷を続けている消費にも早晩効果が表れるに違いない。