成長企業は「プロジェクト型組織」へと移行する 経営共創基盤CEO 冨山和彦氏に聞く

日経ビジネスオンラインに9月16日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/091400023/

 内閣官房に9月2日、「働き方改革実現推進室」が設置された。開所式では安倍晋三首相が室長の杉田和博官房副長官や職員約30人を前に訓示し、「『モーレツ社員』の考え方が否定される日本にしていきたい」と述べた。 安倍内閣が目指す働き方とは何なのか。「日本型雇用はもはや幻想」「正社員至上主義は働く人を不幸にしてきた」といった歯に衣着せぬ発言で新しい働き方像を提示している冨山和彦・経営共創基盤CEOに聞いた。

選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論

選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論

――厚生労働省が設置した「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会のメンバーとして報告書をまとめられました。

厚生労働省Web内 報告書ダウンロードページ

冨山:20年後の働き方としては私のイメージはああいう感じです。今回の懇談会で良かったのは、年代も多様でしたが比較的若い人が多かったことです。政府の審議会のメンバーは圧倒的に高齢者が多い。とくに労働系の分野は顕著です。働き方改革は長期的課題なのに、20年後にこの世にいない重鎮ばかりで議論をしても仕方がないと思っていました。また、メンバーの立場もいわゆる大企業の経営者代表や労働者代表といった、今では勤労者全体の2割しか代表しない人たちではなく、多様な働き方をしている人が集まった。いわゆるエリートのような職種から普通の庶民が働く会社まで、幅広い声を拾えたのは良い人選だったと思います。まあ、私もたくさん政府の審議会の委員などを引き受けていますが、高齢者の部類に入ったのは初めてでしたね。


「労使対立」という枠組から外れる人が急増

――報告書では自立した働き手が増えていくという流れで書かれていますが、連合などからは、労働者が自立することなどあり得ないという批判がされています。

冨山:現実問題として、新卒一括採用、終身雇用年功序列型で名実ともに働いている人の数はどんどん減ってきています。多くの人は非正規として働いているか、中小企業の流動性の高い労働市場の中で働いています。そうした働き方が増えたのは政策のせいではなく、世界的に起きている現象で、社会民主主義的な政治体制のヨーロッパでもそうなっています。イデオロギーの問題ではなく、技術革新やグローバル化、デジタル革命によって産業構造が変化したことが大きいのです。

 もともと、労使対立というフレームワークは古くからあったわけではなく、資本集約産業が隆盛を極めた19世紀後半から20世紀前半に出来上がったものです。ILO(国際労働機関)の歴史とも重なります。その時点では、「疎外されている労働者」をいかに資本の横暴から守るのかという問題は確かにありました。資本という希少かつ決定的な生産要素を握っている資本家は強かったのです。つまり労使対立を前提とする枠組みは意味があったわけです。


若い人たちはどういう働き方を求めているのか

――それが大きく変わっているわけですね。

冨山:ええ。問題は今日のように産業がソフト化し、サービス化し、最後にはバーチャル化した場合、良いか悪いかはともかく、資本を握っている人が強いとは限らない社会になってきた。雇い主よりもはるかに強い雇われ主が出て来たり、逆に、大組織に従属していないからと言って強い立場とは限らない請負契約などの働き手もいます。彼らは法律上は「労働者」ではないが、下請け的に弱い立場かもしれない。つまり、労使という枠組みから外れている人が急速に増えたのです。

 労働運動を主導する組合は、こうした現実をもう少し直視し、今の若い人たちはどういう働き方を求めているか、現実に働いているかを知るべきですね。組合員として考えている一括採用終身雇用の正社員が再び7割を占める時代はどう考えても戻って来ません。

――労働運動は変わるべきだ、と。

冨山:残念ながら、今は20%の働き手の立場の代表かもしれないが、これはどんどん下がっていくでしょうね。80%の働き手にとって有効に機能しない組織になってしまうわけです。私は決して労働運動そのものにネガティブではないのですが、大事なことはより多くの意見を集約して、多様な利益を代表する組織になるべきでしょう。非正規雇用で正社員にはなりたくないという人がいるのは現実です。長期で働きたい人もいれば、仕事を変わりながらキャリアアップしていきたい人もいる。働き方にニュートラルな労働運動であるべきでしょう。産業構造が大きく変化していく中で、未来志向でフレームワークを考え直す必要があります。


均質ではない社員がいっぱい入って来る

――懇談会でも、自立した労働者を守るコミュニティなり、セーフティーネットの機能が必要で、組合的な組織が個々の働き手をサポートする機能が必要になるという結論でした。
冨山:自立している人は孤立することもあるわけです。そういう人をどこまで助けられるか。これまでの労働組合は、同質的な1000人を守るための組織でした。今の組合では、自立と孤立の微妙なバランスの中にいるこうした働き手を、どう正社員に戻すかという議論になります。しかし、そこは結論が出ている。もう戻れないのです。むしろ、そうした自立した働き手に向き合い孤立のデメリットやリスクを緩和する方向に、労働運動が切り替わっていかないとダメですね。

 これは、経営側も同じです。これまでは経営も社員を集団で管理してきたのです。これからは個の単位でみていかないと人事はできない。個性があって多様で均質ではない社員が、グローバル化の中でいっぱい入って来るわけですから。より個性に着目しないと的確な人事はできなくなります。


同じ幸福モデルを追い求める時代は終わった
――報告書の中に「会社はプロジェクトの塊」のような存在に変わっていくとあります。

冨山:そうならない企業もあります。弊社が傘下に持つバス事業などもそうです。しかし、今後成長するセクターはどんどんプロジェクトの塊のようになっていくでしょう。そうなると会社もひとりを終身で抱えることはできませんし、抱えられる個人も不幸かもしれない。フルタイムで終身雇用という働き方は、何でもそこそここなせますという人にとってはいいのですが、どんどん減っていくでしょう。

 残念ながら同質で均質的な集団に所属して同じ幸福モデルを追い求めるというのは、過去には有効に機能したモデルだったかもしれませんが、もはや時代は変わっています。

――安倍首相は残業時間の規制に乗り出し、「モーレツ社員をなくす」と言っています。

冨山:生産性の議論をする時に整理した方がいいのですが、時間を提供することがほぼ生産量に比例する業種があります。対面式の小売業や輸送業といった古典的サービス業や製造業の生産ラインもそうです。ここでダラダラと時間をかける働き方をすれば、生産性は下がるので、時間管理を厳しくする意味があります。

 また、こうした産業ではしばしば時間を超えて働かせたり、残業代をきちんと払わなかったりといった問題も起きます。時間で働く職場なのに、そういう人たちが結果的にモーレツに働かされている。同一労働同一賃金や、残業時間規制、最低賃金の引き上げといった安倍首相がいま進めようとしている政策は、こうした伝統的な労働集約型サービス産業では、生産性を引き上げる方向に有効に働くのではないでしょうか。


投入した時間と生産価値が比例しない領域も
――業種・業態によって違うということですね。

冨山:当たり前の話ですが、クリエイティビティにかかわるような職種では同一労働同一賃金や時間規制というのは無意味です。発想力のある人が1分で生み出す価値を、ダメな人が1万時間かけても生み出せないのは考えれば分かります。時間と生産価値は比例しない、そういう領域の仕事は今後も増えるわけで、そこでは、誰が考えても成果主義しかない。

 クリエーターの世界や知的プロフェッショナルの世界で、残業時間に上限を設けても全くナンセンス。逆に自己実現の欲求を抑制させることになりかねません。先ほど話した20世紀の左右対立的な考え方を前提にした制度では難しいですね。そもそもひとつの単純なルールで全体を規律しようというのが無理なのです。


企業は早期選抜を強めている
――経営幹部になる人たちも同じでは。

冨山:本当の意味の総合職、企業の中核を担っていくマネジメント職に、同一労働同一賃金や労働時間規制はなじみません。いずれホワイトカラー・エグゼンプションのような議論になっていくでしょう。

 都市銀行など大学新卒者を一度に500人、1000人と採用して、皆が幹部候補ということになっています。これまで日本の大企業の多くは、正社員は頑張ればだれでも社長になれる可能性があるという幻想で社員を引っ張って来ました。しかし、今どきの若者はバカではありません。1000人採用されて自分はどのあたりかは分かっています。誰でも社長になれるなんて誰も思っていないのです。頑張れば社長になれるという話で動機づけられる若者は少数です。

 企業はそうした幻想をいまだに維持する一方で早期選抜を強めています。社長候補は30代から決めている。では、それ以外の社員のモチベーションは下がるのかというとそうではない。今どきの社長は大変です。それこそモーレツ社員で責任の重圧を背負い、タフなアサイメントをこなし続けなければならない。ワークライフ・バランスなんて無縁ですから、初めから社長を目指さなくても良いと思っている人はたくさんいます。


欧米社会のマネジメント層は死ぬほど働く
――欧米ではマネジメントに関わる人たちは若い人でもモーレツに働いています。
冨山:死ぬほど働いてますね。欧米社会のマネジメント層は。戦場の司令官なのだから24時間365日は当たり前ということです。そういう人たちが1万人の会社なら100人くらいはいる。

 本当のエリート候補に関しては同一労働同一賃金も残業時間の上限もまったく関係ない。その代り本人の明確な意思で選択して決めてもらわないといけない。そうではなくて、突然転勤させられるの嫌だし、家庭生活や自分の趣味を大事して、決まった時間だけ一生懸命働きたい、そういう生き方も当然あっていいし、認められるべきです。

――自分の意思でモーレツに働く人と、そうでない人を明確に分けるということですね。
冨山:ええ。一億総モーレツ社員には、もはや戻らないわけですから。モーレツ社員になりたい人も応援する。そうでない人も応援する。モーレツ社員は嫌だと言う人にモーレツに働かせるのは止めなければなりません。「いつかは社長に」という幻想で皆をモーレツに働かせるような、本音と建前の使い分けをやめるべきですね。



冨山和彦(とやま・かずひこ)氏
経営共創基盤(IGPI) CEO

1985年東京大学法学部卒業。同年ボストンコンサルティンググループ入社。1992年スタンフォード大学経営学修士及び公共経営課程修了。2001年コーポレイトディレクション社長を経て、2003年に産業再生機構設立時に参画しCOO(最高執行責任者)に就任。2007年に解散後、経営共創基盤を設立。著書に『選択と捨象 「会社の寿命10年」時代の企業進化論』、『IGPI流 ビジネスプランニングのリアル・ノウハウ (PHPビジネス新書)』、『なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)』、『稼ぐ力を取り戻せ!―日本のモノづくり復活の処方箋』など。