再び医療費急増も、厚労省は危機感なし? 約42兆円、3.8%増加の「緊急事態」

日経ビジネスオンラインに9月23日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/092100031/

2015年度の医療費、またしても過去最高を更新

 2015年度の医療費(概算)がまたしても過去最高を更新した。厚生労働省が9月13日に発表した概算医療費の年度集計によると、2015年度は前の年度に比べて約1.5兆円増えて41.5兆円となった。労災や全額自己負担で支払われた医療費は含まれておらず、これらを含んだ総額である「国民医療費」(来年10月頃発表)は42兆円を超える見通しだ。概算医療費が過去最高を更新したのは13年連続である。

厚生労働省Web内  「平成27年度 医療費の動向」リリース ダウンロードページ

 2015年度の特徴は医療費の伸び率が3.8%と2014年度の1.8%から大きく高まったこと。医療費の伸びに歯止めがかかるどころか、逆に伸びが大きくなった。伸び率の推移を見ると2011年度3.1%→2012年度1.7%→2013年度2.2%→2014年度1.8%と推移してきており、2015年度の3.8%増は過去3年の趨勢に比べて明らかに増加ピッチが高まった。

 伸び率が高くなった最大の要因は75歳以上の高齢者の医療費が4.6%という高い伸びになったため。前年度は2.3%の伸びだったが、4年ぶりに4%台に乗せた。

高齢者の人数も増加、1人あたりの医療費も増加

 もちろん高齢者の割合が増えていることも背景にはあるが、高齢者1人あたりの医療費が伸び続けていることも大きい。75歳以上の1人当たり医療費は94万8000円と前年度に比べて1万7000円、率にして1.8%増えた。75歳未満の1人当たり医療費は22万円だから高齢者は4.3倍の医療費を使っており、しかも毎年その額が増えていることになる。高齢者医療費の増加をどう抑制していくかは、医療費全体の伸びを抑えるうえで、極めて重要になっているわけだ。

 もうひとつ医療費の増加抑制を考えるうえで大きなポイントがある。医薬品の調剤費である。実は、2015年の医療費の中でも伸び率が際立って大きかったのが調剤費で、9.4%も増えた。厚労省によると、高額の薬剤を使用するケースが増えたことが調剤費の大幅な増加につながったという。

 調剤費は2011年度に7.9%増えた後、2012年度1.3%増→2013年度5.9%増→2014年度2.3%増→2015年度9.4%増と隔年ごとに大きく増えている。高齢者の医療費と調剤費の伸びをどう抑えるかが増え続ける医療費の伸びを止めるためには必須ということになる。

「医療費適正化計画」では、平均入院日数短縮に注力

 もちろん厚労省も増え続ける医療費を問題視していないわけではない。2008年度を初年度とする5年間の「医療費適正化計画」を設定、2013年度からは第2期が始まっている。

 第1期で力を入れたのは平均入院日数の短縮だった。高齢者が長期入院することが高齢者医療費の増加につながっていると考えたわけだ。平均在院日数のデータのとり方にはいくつかあるが、計画当初の平均在院日数を32.2日とし、これを1期が終わる2012年度に29.8日にするとした。ここ数年、入院した経験のある人ならば、医師が1日でも早く退院させようとしていたことを感じた人もいるだろう。実績は29.7日と目標を達成したとしている。第2期は平均在院日数の目標を28.6日としている。

 入院日数は短くなっているのだが、入院でかかった医療費は減っていない。概算医療費のデータでも入院日数はマイナスになっているのだが、入院医療費自体は増え続けている。2015年度は1.9%増加した。入院日数を減らしたことで医療費が抑制されていると考えることもできる。実際2015年度の入院医療費は1.9%増だったが、入院外は3.3%増えていた。一方で、入院日数をいくら減らしても医療費はマイナスにならないと言うことも可能だ。

 医療費適正化計画では全国の都道府県に対して医療費の見通しを示すように求めている。将来どれぐらい医療費がかかるのかを見極めたうえで対策を取ろうというわけだ。

 第1期では2008年度を34.5兆円としたうえで、適正化で対策を取る前の2012年度の見通しを39.5兆円と置き、適正化対策後の目標として38.6兆円という見通しを立てた。適正化によって0.9兆円の効果があるという計画だったが、これ自体は役人の机上の計算と言うこともできる。見通しを高くしておけば、実績を達成させるのは容易になる。

 実際は2008年度の実績が34.1兆円、2012年度の実績は38.4兆円だった。表面上の数字は目標を達成したことになる。

 ちなみに第2期は厚労省としての数値を出していないが、都道府県の見通しを機械的に足し上げたものとして2017年度の適正化後の数値は45.6兆円になるとしている。かなり甘い数字を見通しとして置いており、これでは医療費抑制のターゲットにはならないだろう。

安倍内閣は医療費圧縮に本腰を入れていないようにみえる

 調剤費については、後発医薬品ジェネリック)の使用率の引き上げや、重複投与の抑制、7剤以上の大量投与の抑制などを掲げている。もっとも、調剤費を将来いくらにまで圧縮するかという目標は設定されていない。

 医療費の伸び率が再び高まっているのは「緊急事態」のはずだが、厚労省の動きをみていても危機感が乏しい。もちろん、診療報酬や薬価基準の改定では厳しい見直しが行われている。2014年度の改訂では診療報酬は0.1%引き上げられたものの、薬価基準は1.36%のマイナスとなった。また2016年度の改定でも医療費ベースで薬価基準は1.22%のマイナスとなった。ところが、調剤費の伸びをみると、薬価改定年度は伸びがいったん小さくなるものの、翌年度は再び大きく伸びる傾向が鮮明になっている。イタチごっこになっているのだ。

 安倍晋三内閣も医療費の圧縮には本腰を入れていないようにみえる。第1次安倍内閣の時のトラウマがあるためだと思われる。医療費を含む社会保障費の抑制方針は小泉純一郎政権後半から最大の課題になっていたが、この方針は第1次安倍内閣にも引き継がれた。2007年夏の2008年度予算編成では7500億円の自然増が見込まれた社会保障費を5300億円増に抑える予算が組まれた。2200億円の抑制である。翌2008年夏の予算編成(2009年度予算)でも激論の末、8700億円の自然増を6500億円増に抑える予算が組まれた。

野党の「医療崩壊」キャンペーンが、自民政権を倒した?

 これに対して当時の民主党など野党は「医療崩壊」キャンペーンを展開した。自民党政権が2200億円を「削減」したために、救急医療や小児科などが立ち行かなくなったとしたのである。

 ことの真偽はともかく、自民党内にはこの時の2200億円圧縮が自民党の政権陥落の一因になったとみる意見が今も根強く残る。つまり、医療費の伸びを本気で抑えようとすると、高齢者医療費の抑制などを掲げた場合、再び「弱者切り捨て」「高齢者医療崩壊」といった批判を受けることになると心配しているのだ。

 だが、一方で、このまま医療費が増え続ければ、国家財政ばかりでなく、企業などの健康保険組合の財政も破綻しかねない。医療費が増え続ける中で、健保組合が財政を立て直そうとすれば、健康保険料を引き上げざるをえなくなり、結局は働く人たちの懐を直撃することになる。

 そうでなくても厚生年金の保険料は毎年引き上げが続いており、働く世代の可処分所得は減り続けている。圧倒的におカネがかかっている75歳以上の高齢者の医療費を減らせとは言わないまでも、1人当たり医療費の増加を止めることは不可欠だろう。

 75歳以上の医療費が増えている要因を細かく分析し、その伸びをどうやって止めるかを真剣に考える必要がある。早く出血を止めないと医療保険の制度自体が崩壊してしまう。