年金運用でまたも5兆円赤字のGPIF 株式へのシフトは誤りだったのか株式シフトへの批判

月刊エルネオス10月号(10月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/


 国民の年金資産を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が巨額の運用損を出している。今年四〜六月期の決算では五兆二千三百四十二億円もの大幅な赤字を計上した。二〇一五年度一年間でも五兆三千九十八億円の赤字になっており、年金資産の目減りに国民の不安が募っている。
 もちろん原因は、株価の低迷である。六月末の日経平均株価は一万五千五百七十五円で、三月末に比べて一千八十二円、率にして七・一%も下落した。株価の下落が年金資産を直撃した格好である。
 政府はアベノミクス開始以来、GPIFの運用方法を大きく見直してきた。それまで中心だった国債など「債券」による運用を大きく減らし、日本株や外国株など「株式」に大きくシフトしたのである。
 実際、安倍晋三内閣が発足した一二年十二月末には、国内株式での運用割合は一二・九%だったが、その後、ジワジワと上昇し、一四年九月には一八・二%に達していた。債券から株式へのシフトに加え、保有している株式の価格が大きく上昇して評価額が膨らんだこともある。
 一八%というのは当時の上限で、これ以上株式を買うことができないところまで買っていた。さらに一四年十月三十一日には基本ポートフォリオ(資産構成割合)を全面的に見直し、国内株式の割合を二五%にまで引き上げた。この構成割合には上下乖離幅というのが認められており、この時点で、国内株は三四%まで買うことができるようになった。一方で、それまで六〇%だった国内債での運用割合は三五%にまで引き下げたのである。
 この結果、国内株式での運用は、一五年六月末段階では二三・四%にまで上昇した。思いっ切り株式を買い込んだところで、株価の上昇トレンドが大きく変化したのである。ちょうどそのタイミングで中国・上海株市場が大きく下落、世界の株式市場にその余波が及んだ。日経平均株価も二万円を超えて二万一千円を伺っていたが、一気に下落局面に入ったのである。大手メディアなどは、こうした株式へのシフトを批判する論調が多い。「日本経済新聞」ですら、「資産構成に占める株式の比率を二倍に増やして以降の累積では一兆九百六十二億円のマイナスと、初めて赤字に転落した」と書いた。

株式シフト前より二十兆円増

 確かに、一四年十月の見直し時点と今年六月末を比べればマイナスである。だが、それをもってアベノミクスの効果が帳消しになったとするのは、やや可哀想だ。というのも、前述の通り、ポートフォリオの見直し前から株式へのシフトは進めていた。アベノミクスが始まる前の一二年十二月末と比べれば、まだ二十兆円近くプラスである。
 GPIFもこの点を強調している。一四年度末の累積収益額は五十兆七千三百三十八億円。この六月末は四十兆千八百九十八億円だから十兆円以上目減りしている。だが、アベノミクスが始まる前の二〇一一年度末の累積収益額は十三兆九千九百八十六億円で、それに比べれば、まだまだ運用で大きな収益を得ているといえるのだ。中期的に見れば、株式のウエートを高めてきたことで年金資産自体が大きく目減りしたわけではないのである。
 株式へのシフトを批判する声も強いが、本当にそれが悪なの
か。株式はリスクが高く、国債はリスクがないように語ら
れるが、実際には国債での運用にも大
きなリスクがある。金利の低下が続けば国債価格は上昇するが、金利上昇局面に入れば、価格は暴落しかねない。国の財政悪化で、日本国債の信用力も揺らいでいる。国債運用は決してノーリスクではないのだ。

そもそもGPIFは必要か論

 基本ポートフォリオに占める株式の割合をどの程度にするのかは別として、アベノミクスがデフレからの脱却を掲げる以上、デフレ時に優位な債券から、インフレ時に資産価値の目減りを防ぐ株式へとシフトするのは整合性のある方針転換だったと見ることができる。
 例えば、国債金利だけを頼りに年金資産を運用したとすれば、一%の利回りを上げるのは不可能である。そうなると、長期的に年金資産を増やすことはできず、年金の支払い原資が確保できなくなる。年金制度を維持するためには、消費税率の大幅な引き上げか、年金保険料の大幅な引き上げ、あるいは年金支給額の大幅なカットしか選択肢がない。
 短期的には価格変動リスクが大きいとしても、株式で長期的に運用すれば、国債で運用しているよりも、年金資産を増やすことにつながると考えられる。少なくとも、経済がデフレに戻らないとすれば、株式での運用のほうが期待が持てるのだ。
 もっとも、そうした債券から株式へのシフトを、その時の政府の政策として行ってよいかとなると話は別だ。GPIFは本来、年金資産の持ち主である年金保険契約者の利益を最大化することだけを考えて運用方針を決める義務がある。噂されるように株価を押し上げるためにGPIFの資産が使われるといったことは本来許されないのだ。
 GPIFに保険契約者の利益を最大化させるためには、運用方針の決定を独立して行えるよう組織のあり方を見直す必要がある。それが、GPIFのガバナンス改革だ。
 さらに、百三十兆円にのぼる年金資産をGPIFという一つの機関が全額運用していることの是非なども今後真剣に考える必要がある。個人の年金を積み立てておき、それを払い戻す仕組みの「積立方式」の年金ならばともかく、年金保険料が現時点の給付に回される「賦課方式」だとすれば、こんなに巨額の資産を積んで置き、運用する必要はない。
 厚生労働省は「修正賦課方式」だと言って、制度の位置づけをあいまいにすることで、世界的に例をみない巨大な年金資産の管理組織としてGPIFを作り上げた。だが、本当にそれが必要なのかどうかといった、そもそもの議論はなかなかなされていない。
 いずれにせよ、株価の上下によって出る損失や利益に一喜一憂して政府やGPIFの年金政策を批判するのは、あまり意味がない。