中学卒・40歳・男性の4人にひとりが無職の現実 「子供の貧困」対策こそ最も効果的な成長戦略

学力など「認知能力」は人工知能で代替されていく

 高い学力などといった「認知能力」は今後、人工知能(AI)で代替されていくとすると、将来に向けて重要になるのは「生きる力」や「やり抜く力」「情熱」といった「非認知能力」であるという。厚生労働省の懇談会のメンバーとして「働き方の未来」について報告書をまとめた三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林庸平さんは、最近、問題になっている「子供の貧困」対策こそが、最も効果的な「成長戦略」になり得ると語る。そして貧困対策として、学力をつけることと同等以上に、「生きる力」や「やり抜く力」をつけさせることこそが重要になると強調する。小林さんに話を聞いた。

 問 小林さんがメンバーだった厚生労働省の「働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために」懇談会の報告書では、多様な働き方ができるような人材を作る教育が重要だと指摘されていました。
【『働き方の未来2035 〜一人ひとりが輝くために』報告書】http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000132302.pdf

長時間労働が前提のモデルは成り立たなくなった
 小林庸平 あの報告書は20年先を見据えた働き方ということでしたが、私はかなり、がい然性の高い内容になったと思っています。AI(人工知能)やロボットなどの技術進歩によって、どういう仕事を人間がやるのか、あるいは、人間がやらないで機械に任せる仕事はどれにするのか、それを考えることが重要になります。日本はこれまで終身雇用年功序列の正社員を前提としてやってきました。他の先進国に比べて生産性が低い分、長時間労働などで生産量を多く保ち、何とかほかの国と競争していた。そうしたモデルが時代の変化と共に成り立たなくなったわけです。
 
 問 それがもうもたない。

 小林 ええ。バブル崩壊以降、賃金の低下が続き、中間層が解体しつつある。そんな中で、定型的な仕事はロボットに置き換え、より付加価値の高い仕事などを人間がやるようになると見ています。そんな中で、定型的な仕事に不可欠だった知識を積み増す教育の重要性が減り、よりクリエイティビティに直結するような情熱だったり持続力だったりといった「やり抜く力」のようなものを育てる教育が重要になってきます。海外の研究者はそれを「認知能力」と「非認知能力」というふうに分けています。

日本の子供の6人にひとりが「貧困」

 問 最近、『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす』という本を共著で書かれました。子供の貧困問題と、「働き方」の問題は関係してきますか。

 小林 はい。いろいろな側面で関わってきます。「子供の貧困」は、いわゆる「相対的貧困」で、可処分所得の中央値の半分以下を「貧困」と定義します。2012年の日本の「貧困ライン」はひとり122万円ですが、親ひとり子供2人のような3人家族の場合だと207万円という計算になります。日本の子供の16.3%つまり6人にひとりが該当します。

 あまり実感がわかないかもしれませんが、現在15歳の子供120万人のうち生活保護世帯が2万1000人、ひとり親世帯が15万5000人、児童養護施設に2000人がおり、合計で18万人になります。つまり15%ですね。母子家庭でお母さんがダブルワーク、トリプルワークで働いているケースなど、子供の教育どころか食事づくりも思うようにできません。親の働き方や収入と、子供の貧困は密接に関係しています。

中学卒・40歳・男性の4人にひとりが働けていない

 問 この本は日本財団の「子供の貧困対策チーム」の一員として調査に加わり、分担執筆されたものですが、小林さん自身がこの調査結果で印象深かった点はありますか。

 小林 この本の2章で学歴別の40歳時点の就業率という調査結果を紹介しているのですが、男性の中学卒だと就業率は76.6%です。40歳で4人に1人が働けていないのです。これは驚きの数字でしたね。高校卒だと89.9%なので、中卒と高卒の差が極めて大きい。とくに、高校を中退した結果、中卒となるケースが非常に多いのです。

 私たちは、子供の貧困による所得の減少額を42兆9000億円と試算しましたが、その要因分析もしています。約半分の20兆円は大学に進学できなかったことによる所得減少なのですが、高校進学ができないことによるものが7兆3000億円、高校中退の高さによるものが10兆7000億円に達します。子供の貧困対策として、何とかして高校に進学させ、きちんと卒業させることが重要なのではないかと思います。

子供の貧困による社会的損失を定量化する

 問 この調査に取り組んだきっかけは。

 小林 日本財団が「子供の未来応援国民運動」というのを展開しており、子供の貧困問題をもっと社会に訴えたい、ついては、子供の貧困による社会的損失を定量化したいと、昨年春に依頼があったのです。仕事として受託したのですが、私は仕事を超えて、かなり思い入れがあります。

 問 と言いますと。

 小林 実は私は小学校4年生から中学校3年生まで、ほとんど学校に通えない、いわゆる不登校でした。家庭は決して貧困ではありませんでしたが、日本では学校教育以外に教育の機会がなかなかないということを体験として知っています。幸い私自身はかなり自由な公立の定時制高校に行ったことをきっかけに、その後、大学に進学、大学院にも進みました。でも、高校の同級生には、再び挫折して引きこもった仲間もたくさんいます。社会の仕組みからこぼれ落ちてしまう子供の貧困の問題は、決して他人事とは思えなかったのです。

子供の貧困を「ジブンゴト」の問題として捉える

 問 ご著書でも、子供の貧困を「他人事ではなく」「ジブンゴト」として捉えて欲しいというメッセージが繰り返し述べられていますね。

 小林 この問題がメディアに取り上げられる時には、極端ではないかと思われる貧困の実例を紹介するケースがしばしばみられます。確かにインパクトがあって関心は呼ぶのですが、どこか「他人事」に感じてしまいがちです。そこで、私はもう少し引いた視点で、数字を示して、子供の貧困は身近なところに存在していて、もしかするとすぐにそちらに転落してしまう「ジブンゴト」の問題だと感じてもらえたらと思ったのです。

貧困の子供たちへの投資が最も高いリターンを生む

 問 その説得材料として、子供の貧困の社会的損失が大きいという試算をされたわけですね。

 小林 高校中退で中卒になると40歳になった時、男性の4人に1人が働けていないというのはショックな数字でした。逆に言えば、子供の貧困対策として高校を卒業できるようにすれば、その人たちは働くようになるわけです。生活保護費がいらなくなる一方で、税金や社会保険料が国などに入るようになるわけです。この本でも紹介しましたが、ヘックマンという学者は貧困状態にある子供たちへの投資が最も高い投資リターンを得られると言っています。年率で15〜17%だというのです。

 問 15%ですか。

 小林 日本での計測結果ではないので、日本でそこまでの投資リターンが得られるかは分かりませんが、今の低金利の中で、かなりのリターンが期待できる可能性はあります。子供の貧困対策はリベラルな人たちが支持する社会福祉政策としてだけでなく、穏健な保守主義の人たちにも受け入れられる「成長戦略」になると思います。

 問 アベノミクスでは、女性の活躍促進や、高齢者が働き続ける事を後押ししていますが、貧困状態にある子供は経済社会の中できちんと活躍できていませんね。

 小林 安倍晋三首相は女性の活躍を社会問題としてだけではなく、経済問題として捉えると言いました。まさしく子供の貧困を社会問題としてだけではなく、経済問題として捉える事こそが重要だと思います。

「学力」以上に、「生きる力」「やり抜く力」をつける

 問 では対策として具体的に何をやるべきだと思われますか。

 小林 本書の5章は力を入れて書いたのですが、学力を上げるプログラム以上に「生きる力」を身に付けさせるためのプログラムが必要だと思います。ダックワースという学者は、後者をGRITと呼んでいます。日本語にすれば「やり抜く力」といった感じでしょうか。IQよりもGRITが大事だというのです。

 別の言い方をすると、冒頭でも言いましたが、学力を「認知能力」、コミュニケーションや自制心といったものを「非認知能力」と呼びます。大事なのは学力ではなく、非認知能力の方だと言うのです。子供の頃に非認知能力を高める教育を行った場合、40歳時点で年収2万ドル以上の人が40%から60%に増え、生活保護受給者は23%から10%に減るという結果が出ています。また、学力を上げるプログラムというのは短期的には効果があるが、人生のような長いスパンで見るとあまり変わらない。むしろGRIT、つまり持続力とか情熱とかいったものを幼少期に身に付けた方が将来きいてくるわけです。

「家庭でも学校でもない第三の居場所」を作る

 では日本では具体的にどんなプログラムをやるか。かつてはそうした能力は家庭生活の中でかなり身に付けていた。逆に言えば今の貧困状態にある子供は家庭生活が瓦解しているから、そうした能力が欠落し、貧困の連鎖が生まれるわけです。つまり親をセットにした対策を打つ必要があります。家庭任せというのではなく、家庭の機能を地域や別の組織が代替的に担う仕組みを作ることでしょうか。日本財団では「家庭でも学校でもない第三の居場所」を全国に作る取り組みを始めています。


小林庸平(こばやし・ようへい)氏
三菱UFJリサーチ&コンサルティング副主任研究員
1981年、東京生まれ。明治大学政治経済学部卒業、一橋大学大学院修士課程修了。経済産業省経済産業政策局産業構造課課長補佐などを経て、現職。専門は、公共経済学、計量経済分析、財政・社会保障経済産業研究所コンサルティングフェローや日本大学経済学部非常勤講師も務める。2016年1月から8月まで、厚生労働省が設置した「『働き方の未来2035:一人ひとりが輝くために』懇談会」のメンバーを務めた。著書(共著)に『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』など。