「モノ言う株主を増やす」安倍政権の新たな試みは功を奏すか 再び動き出した成長戦略

現代ビジネスに11月23日にアップされた原稿です。

オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50278

狙いは「稼ぐ力」を高めさせること

機関投資家のあるべき姿を示す行動指針である「スチュワードシップ・コード」の改定に金融庁が踏み出す。生命保険会社や信託銀行などの機関投資家が株式を保有する企業の株主総会で、どう議決権を行使したかを個別に開示させることなどが柱になる。

機関投資家を一段と「モノ言う株主」に変えることで、経営にプレッシャーを与え、日本企業の「稼ぐ力」を高めさせるのが狙い。安倍晋三内閣が成長戦略の一環として掲げてきたコーポレート・ガバナンスの強化を一段と進める。来年春にも改定される見通しだ。

金融庁に設置した「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」が近く意見書をまとめる。11月8日に開いた会議に意見書案が提示(http://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/siryou/20161108/01.pdf)されており、議論を受けて最終的な詰めを行っている。

改定の柱のひとつは、機関投資家保有株についての、議決権行使結果の公表を充実させること。

現行のスチュワードシップ・コードでは、議案の主な種類ごとに整理・集計する形で、議決権行使の結果の公表することを求めている。ただ、機関投資家が運用委託者の利益を最大限に考えて議決権行使しているかどうかをチェックするうえでは、議決内容の公表拡大が不可欠だという考えが打ち出されている。

そのうえで、「集計による公表にとどまらず、運用機関等が、自らの活動について最終受益者への説明責任を果たし、透明性を向上させていくためには、個別企業・議案ごとに議決権行使結果を公表することが重要である」としている。

米国では証券取引委員会(SEC)の規則で、投資信託については議決権行使結果を個別に開示することが義務付けられている。また、英国ではスチュワードシップコードを受け入れている機関投資家の75%が個別開示しているという。

日本の生命保険会社などが株式を保有している場合、議決権行使に当たっては営業上の関係の深さなどが優先され、保険契約者の利益が二の次になっているケースが少なくないとされる。同じ旧財閥グループに属する企業や、保険契約を大量に結んでいる企業などの株式を保有している場合、投資先の経営陣の提案議案に反対できず、「事実上白紙委任」している例が多い。

個別開示が始まれば、どの会社のどの議案に機関投資家として賛否を投じたかが明らかになる。経営陣が発議したものでも、既存株主の持ち分が減る大量の新株発行などには無条件で賛成するのは難しくなる。

このため経営者の中には個別開示に抵抗する意見も根強くあるが、海外の開示の流れなどからみて、正面切って反対することは難しい情勢だ。

議決権行使の個別開示がスチュワードシップ・コードに盛り込まれた場合でも、個別開示するかどうかは機関投資家の判断による。ただし、コードに従わない場合には、なぜ開示しないのかを公表することが必要になるため、大半の機関投資家は開示に動くことになりそうだ。 


親会社ではなく、顧客の利益を最大化するために

もうひとつの改定の柱は、機関投資家の「利益相反」防ぐために、機関投資家自身のガバナンスを強化することだ。

日本の場合、年金基金の資金などを運用している信託銀行や投資信託委託会社の多くが、メガバンクなど銀行や証券会社の子会社であるケースが少なくない。この場合、運用会社の独立性が損なわれ、年金基金などの資金委託者の利益よりも、親銀行・証券の利益が優先されかねない。資金委託者の利益になるかどうかではなく、自社グループが儲かるかどうかで投資してしまうわけだ。

現行のスチュワードシップ・コードでも、利益相反が起きないように管理の方針を策定し公表すべきだとされている。だが、具体的な項目がコードに書かれていないため、内容が乏しい記述に終わっている。

意見書案には、利益相反の具体的な例として、①投資先企業に、運用機関の他部門やグループ企業が金融商品を提供したり、しようとする場合②投資先企業が運営する年金の運用を受託していたり、しようとする場合ーーが記載されている。

そのうえで、海外などでは運用機関内の独立した機関が審議し、その記録を残すことや、外部の第三者機関に運用機関自身が議決権ガイドラインを示すなどして、その第三者機関の判断を活用することなどが対策として例示されている。

さらに報告書では、年金基金など運用委託者が機関投資家に対して、議決権行使などに関する原則を明示するよう求めている。

金融庁スチュワードシップ・コードの改定で、機関投資家が、運用委託者の利益を最大化するように行動するようになるとみている。

ただ、問題は、運用委託者である年金基金などが、年金加入者の利益を最大化するような行動を採るかどうか。企業が設置している基金が、加入者の利益よりも、企業の利益を考えて議決権行使の指示を機関投資家に出すようでは、コーポレートガバナンスの強化にはつながらない。

現在、日本でスチュワードシップ・コードを受け入れている年金基金は8つだけで、まずは、基金にコードの受け入れ宣言をさせることが重要になる。

まだまだ課題は多いものの、機関投資家が徐々に「モノを言う」体制が整ってくれば、日本企業の経営スタイルも変わらざるを得なくなる。