制度は維持できても生活できない―― 抜本改革なしの年金制度の行方

月刊エルネオス12月号(12月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/

上がり続ける保険料率
 秋の臨時国会では年金にまつわる重要法案が審議された。一つは年金の受給資格が得られる保険料の納付期間を二十五年から十年に短縮する「年金機能強化法改正案」で、これは全会一致で可決された。
 これによって六十四万人が新たに年金支給対象に加わることになった。当初は消費税率を一〇%に引き上げる際に行う予定だったが、消費税増税の延期で先行実施された。
 一方、経済環境によって年金支給額の上昇を抑える「マクロ経済スライド」を強める国民年金法改正案の審議は与野党激突の様相となった。民進党など野党は、物価が上昇しても賃金が下がれば支給額を下げる内容に、「年金カット法案」というレッテルを貼って強く批判している。
 改正前のスライド制度では、物価が下落すれば年金額は減る仕組みだが、物価上昇しても賃金が減少するようなケースでは年金額はプラスマイナスゼロに据え置かれる。ところが、改正後の新ルールでは、物価と賃金のどちらかがマイナスになれば、年金額が引き下げられるうえ、物価と賃金がどちらもマイナスの場合はマイナス幅が大きいほうに合わせて年金が減る。
 二〇〇四年の法改正で「マクロ経済スライド」が導入された際、厚生労働省も自民公明の与党も、「百年安心プラン」と銘打って胸を張った。〇四年の改正では、それまで景気や年金資産の運用状況によって改定していた保険料率を、毎年〇・三五四%ずつ引き上げることを決めた。〇三年には一三・五八%(個人と会社で半分ずつ負担)だった保険料率を、十四年にわたって引き上げ、一七年九月以降は一八・三%で固定するというもの。毎年一定の保険料収入の増加を可能にしたわけで、この保険料の引き上げは今も続いている。
 その一方で、マクロスライドを導入して、デフレなど物価下落が起きた場合には年金支給額を減額することにしたわけだ。現役世代の保険料を目いっぱい引き上げるのに対して、年金受給者は経済情勢に応じて受け取る年金額を我慢してもらうという仕組みに変えたのだ。「百年安心」としたのは、この仕組みによって年金受給者は現役世代の五〇%の所得を確保できるという計算からきていた。

「百年安心プラン」の現実
「百年安心」などと政府が大見得を切る時ほど、実現性が怪しい時はない。改正当初から、早晩、矛盾が噴き出すという指摘があったが、金利低下による年金運用収益の減少や、現役世代の人口減少に加え、デフレ経済下での給与低下もあって、年金の支払い「原資」は想定ほど増えなかった。一方で長寿化が進み年金受給者は膨らみ続け、年金支給額も増え続けた。「百年安心」どころか、初めからバランスが崩れたのだ。
 今回の改正案も、この「百年安心プラン」の辻褄を合わせるために、マクロ経済スライドをきつくし、現役世代の給与が減った場合には、年金支給額も減る仕組みに変えようとしているわけだ。
 年金をもらっている人の中には、自分がかけた保険料が積み立てられて、そこから年金が支払われていると考えている人がいる。こういう保険の仕組みを「積み立て方式」と言い、個人で加入する民間保険会社の年金保険などはこうした仕組みで運営されている。
 国の年金も当初は積み立て方式で始まったが、若い世代が多い時代にたくさん入って来た保険料を大盤振る舞いして高齢者世代に年
金として支払ったため、積立金が大幅に不足した。現役世代の保険料をそのまま高齢者世代の年金に回すのを「賦課方式」と呼ぶが、日本の年金は事実上、賦課方式となっている。役所は「修正賦課方式」などと呼んでいる。
 つまり、年金受給者がもらっている年金は、自分でかけた保険料が戻って来ているわけではなく、今の現役世代が納めたものなのだ。もちろん、保険料の一部は年金基金として蓄えられ、それが運用に回されている。その運用の良しあしで年金財政は揺れ動くが、現実離れした高収益を上げなければ、運用だけで年金支払いを賄うことはできない。

もはや見直すしかない制度
 では、マクロ経済スライドを強化すれば、年金制度は維持できるのだろうか。
 制度は維持できるが、支給される年金で生活ができなくなる可能性が出て来る。現役世代の五〇%という目安をどんどん下回り、三分の一程度になってしまう可能性があるのだ。
 もちろん、現役世代の負担をさらに引き上げていけば、年金支給額は維持できるかもしれないが、一八・三%はかなりの水準だ。これに現役世代は健康保険や介護保険なども負担しており、さらに所得税などを支払うわけだから、簡単には負担増はできない。
 野党が「年金減額法案だ」と批判するのは的を射ている。現役世代の人口が減り、年金世代の人口が増えているのだから、年金は減額しなければ、年金財政はバランスしない。それを分かりながら、年金支給対象を広げる法案には賛成して、年金を減額する法案には反対するというのは無責任だろう。
 安倍晋三内閣が経済成長を取り戻して、企業収益を上向かせ、給与を引き上げさせようとしているのは、年金制度を維持する観点からは、理にかなっている。保険料率が一定でも、給与が増えれば、年金保険料収入は増え、年金支給額も増やすことができる。だが、人口減少が続く中で、経済成長だけで年金制度を維持・機能させていくことは難しい。
 特に、高齢化が進んで高齢者の割合が増えれば、年金財政はどんどん厳しくなる。六十五歳以上の高齢者はすでに人口の二六%を超えており、三〇%に近付こうとしている。しかもその高齢者が三十年近くにわたって年金をもらい続けるとなると、現役世代の所得の大半を奪っても年金財政は成り立たない。
 ではどうするか。今の制度が「百年安心」だという建前を捨てて、年金制度を抜本的に見直すことが不可欠だろう。高齢者でも一定以上の所得のある段階では年金は支給せず、本当に必要になった人にだけ支給するなど、仕組みを根幹から見直すべきだ。さもなければ、制度は残っても役に立たない代物になってしまう。