中国、米国の減速で高まる「日本への期待」

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。11月号(10月上旬発売)に書いた原稿です。
高級腕時計専門誌クロノス日本版[webChronos]→http://www.webchronos.net/

クロノス日本版 2016年 11 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2016年 11 月号 [雑誌]

 日本銀行は9月21日に金融政策決定会合を開き、これまでのマイナス金利政策を維持したうえで、長期金利が「ゼロ%程度」になるよう金融緩和を続けることを決めた。量を増やすことを目的にするのではなく、金利を引き下げる政策を強化することで、企業などの設備投資や個人の住宅投資を活発化させようという狙いだ。
 一部には従来のマイナス金利政策を見直すのではないかという観測もあっただけに、市場には安心感が広がり、その日の日経平均株価は300円以上も上昇、為替も円安に振れた。
 マイナス金利政策が続くうえに、長期金利を安定的に「ゼロ%」にする政策が行われることで、住宅投資などが盛り上がる可能性が一段と強まった。マイナス金利政策を導入した直後の2016年3月ごろから、新設住宅着工戸数が高水準を維持しており、日銀の政策決定はこうした流れを後押しすることになりそうだ。
 住宅着工が増えれば、いずれ家具・調度品やインテリア、家電製品などの消費に波及する。夏までは消費の減退ムードが続いてきたが、それに歯止めがかかってくる可能性がある。また、株価が再び上昇局面に入るようならば、いわゆる「資産効果」によって高級品などの消費が再び盛り上がる場面もありそうだ。
 消費税増税以降、冷え込みが鮮明だった日本の消費が底打ちすれば、景気にプラスに働くことは間違いない。それを最も期待しているのは海外の事業者や投資家である。
 というのも、このところ世界的な消費減退が鮮明になってきたからだ。特に高級時計などでその傾向が鮮明になっている。
 スイス時計協会がまとめているスイス時計の輸出状況によると、今年1月から7月までの輸出額は111億2400万スイスフラン(約1兆1500億円)と前年同期間に比べて11.1%減少した。最大の輸出先である香港が27.5%も減少したほか、中国が13.5%減、シンガポールが13.1%減、台湾が18.6%減と、中国経済の減速による影響が鮮明になった。
 日本でも中国人観光客による「爆買い」が鳴りを潜め、都心の百貨店売り場での高額商品の売れ行きはガタ減りしている。
 7月単月でみると、香港向け輸出は前年同月比32.7%減とさらに減少率が拡大。中国経済の減速による悪化傾向はそう簡単には収まりそうにない。
 中国経済の減速はある意味、読み筋通りとも言えるが、予想外の事態が進行している。米国向けの減少だ。
 1−7月のスイス時計の米国向け輸出は12億2950万スイスフラン(約1280億円)と前年の同期間に比べて10.2%減った。ここ数年、米国経済は比較的好調で、米国の中央銀行金利引き上げのタイミングを見計らってきたほどだった。ところが、今年春以降、減速感が漂っている。7月の単月で見ると、14.7%と大幅な減少になっているのだ。香港の落ち込みが激しいために、7月の向け先としては米国がトップの座を奪ったが、米国自体も芳しくないのである。
 そんな中で、期待されるのは日本である。7月単月では11.9%減と米国同様に落ち込んでいるが、1−7月の累計では0.6%増とかろうじてプラスを保ち、中国やイタリアを抜いて世界3位の市場になっているのだ。スイス時計協会のこの統計(30カ国)で、1−7月累計で前年同期比プラスを維持しているのは、日本のほか、アラブ首長国連邦と、カナダ、クウェートスウェーデンバーレーンイスラエルの7カ国だけである。市場規模の大きい日本への期待が高まるのは当然だ。
 住宅着工などに明るさは見えるとしても、日本の足元の消費はまだまだ弱い。特に高級品市場では「爆買い」の一服が大きく響いている。もっとも、外国人観光客の数自体は減っておらず過去最高を更新し続けている。百貨店で免税手続きをする客の数も増えており、売れ筋の価格帯が大きく下がっていることをうかがわせる。
 こうした外国人客のニーズの変化を捉えることができるかどうか。小売店にとっては戦略を問われる局面になりそうだ。