株高に救われるも、安倍内閣のアキレス腱は年金 2016年10-12月の年金の運用益は6兆円超の黒字か

日経ビジネスオンラインに1月6日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/010500038/?P=1

株高で年金の運用に明るさ

 株高が続いている。2016年末の日経平均株価は1万9114円37銭と、2015年の終値1万9033円71銭を上回り、かろうじて5年連続の上昇となった。1年の動きを示す株価グラフをローソク足で描くと、いわゆる「陽線」(年末の大納会終値が年初の大発会終値以上)となったわけだ。2012年末に安倍晋三内閣が誕生して以降、「陽線」が続いたことになり、ムードは一気に明るくなった。年明け大発会の1月4日も479円高と大幅に上昇して始まり、1万9594円16銭と昨年来高値を更新した。

 この株高に救われたのは安倍内閣である。年金の運用益が大きくプラスになることが確実になったからだ。130兆円を超す国民の資産を預かる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は2015年度に5兆3098億円の運用損を出し、世間から大きな批判を浴びた。2016年度に入ってからも、第1四半期(4-6月)は5兆2342億円の損失を出していた。

 かろうじて第2四半期(7-9月)は2兆3746億円の黒字となったが、第3四半期(10-12月)は、年末の株価が大きく上昇したことで、大幅な運用益が出た模様だ。

運用益が出て救われた安倍内閣

 年末の1万9114円という日経平均株価は、6月末の1万5575円に比べて22%高い水準に当たる。GPIFが6月末に保有していた27兆3151億円の「国内株式」に単純に22%を掛けると、6兆円も評価額が増えたことになる。この他に外国株式などでの運用もあり、運用益はさらに膨らみそうだ。今年度を通算すれば、5兆円近い運用益を稼いだことになるだろう。

 GPIFの第3四半期の運用成績が発表されるのは2月末。ちょうど国会論戦の最中である。このタイミングで巨額の損失数字が明らかになれば、野党の集中砲火を浴びるのは明らかだった。特に昨年12月には野党が「年金カット法案」と呼び攻撃した改正国民年金法が“強行採決”によって可決成立している。衆議院の委員会採決で、委員長席を「年金カット反対!」と書いた紙を持った野党議員が取り囲んだシーンを覚えておられる読者も多いだろう。

かつて「消えた年金」への怒りが第1次安倍内閣を倒した

 10月に衆議院東京10区の補欠選挙が行われた際には、民進党大串博志政調会長や、「ミスター年金」こと長妻昭議員らが東京・巣鴨の「とげぬき地蔵」で知られる地蔵通り商店街で演説し、「年金カット法案」への反対を呼びかけた。その際には、法案に賛成かどうかをお年寄りらに聞いてボードに赤丸印を貼ってもらう演出を行っていた。年金が減額されると聞けば、賛成に丸を付けるお年寄りはひとりもいない。「反対」欄が赤丸で埋め尽くされることとなった。

 民進党が「年金」を選挙の争点にしようとしたのは正しいだろう。かつて「消えた年金」への国民の怒りが第1次安倍内閣を倒し、その後の民主党政権の誕生へとつながった。依然として年金に対する国民の関心は高い。

 このままでは将来、年金がもらえないのではないか。掛けた保険料はドブに捨てることにならないか。年金で本当に生活ができるのか──。高齢化が進む一方で、年金制度への安心感は大きく揺らいでいる。

増加し続ける社会保険料の負担

 一方で、保険料を支払う現役世代の負担感も大きく増している。多くの国民は忘れているが2004年の法律改正で、厚生年金の保険料率は2005年から毎年9月に引き上げられている。2004年9月に13.58%(半分は会社負担)だった保険料率は以後毎年0.354%引き上げられ、2017年9月には18.3%になり、それで固定されることが決まっている。2004年と比べると、13年で4.72%も上昇するのだ。仮に基準となる給与が年400万円だとすると、会社負担分と合わせて19万円近く上昇することになる。

 財務省は毎年、国民所得に占める税金と社会保険料の割合を示した「国民負担率」を公表している。2015年度は税と社会保障を合わせて44.4%と過去最高を記録した。この統計から逆算すると、社会保険料の負担は2004年度の52兆1800億円から2015年度の66兆9800億円へと、14兆8000億円も増えている。

 消費税率1%の引き上げで2兆数千億円の税収増に当たるとされるので、消費税6〜7%分の負担が知らず知らずの間に増えていたことになる。

現役世代への負担増はもう望めない

 長引く消費低迷の主因も、実は保険料負担の増加による可処分所得の減少にあったとみていい。もはや現役世代への負担増は望むべくもないのだ。

 年末に成立した改正国民年金法では、現役世代の保険料引き上げによる収入増が頭打ちになることを前提に、高齢者への年金支給を抑制することを狙っている。従来の年金支給は物価に連動して増減されるようになっていたが、現役世代の賃金が下落した時も、年金支給額を引き下げられるようにした。現役の賃金が下がれば、保険料率が変わらない以上、保険料収入は減少する。それに合わせて年金支給額も減らすというわけだ。

 逆に言えば、物価や賃金が安定的に上昇していれば、年金が減ることはない。民進党などが強調したのは、物価が上昇しても、現役世代の賃金が大幅に下落した場合、年金が減ることになるという点だ。ここに焦点を当てて「年金カット法案」と喧伝したのである。もちろん、年金が減るのは年金を受け取っている高齢者にとっては切実な問題に違いない。だが、現役世代の賃金が下がっても年金額を維持すれば、年金財政は悪化し、将来の年金制度が危機にさらされることになる。

年金制度の永続性を無視して批判したのは間違い

 民進党が年金を政治テーマに掲げたのは正しい。だが、「年金カット法案」とレッテルを貼り、あたかも法案が通れば、自動的に年金がカットされるようなイメージを振りまいたのは戦術的に失敗だった。年金制度をどうやったら守れるかという点に目をつぶる格好になったからだ。年金制度は国民の人生に大きな影響を与える。だからこそ、全体像を俯瞰した批判が不可欠だったのだが、法案の一部をデフォルメした批判だったために、国民に響かずに終わったとみていい。

 年金運用のあり方についても民進党の追及は場当たり的だ。GPIFの2015年度の運用実績が5兆円を超える赤字になったのを受けて、同党は「年金損失5兆円追及チーム」を立ち上げた。5兆円の赤字という短期的な結果にだけ焦点を当てたために、その後の株価の回復と共にトーンダウンせざるを得なくなった。2016年10-12月期の運用結果が出る2月以降の国会では、もはや「運用失敗」をネタに年金問題を追及することはできないだろう。

安定的にみえる安倍内閣の最大の弱点

 では、株価の上昇と共に、年金の問題はすべて片付いたのかというとそうではない。このまま少子高齢化が進めば、年金掛け金を払う現役層は減り、年金を受け取る高齢者は増え続ける。今の制度のままでは、年金制度自体は破たんしないとしても、受け取る年金では生活ができなくなる可能性がある。

 年金制度のあり方や、年金資産を運用するGPIFの組織のあり方、運用体制などを根本から見直す必要があるのは間違いない。安定的にみえる安倍内閣にとって、最大のアキレス腱はかつてと同様、年金問題だと言ってよいだろう。