小売業の「正月三が日休業」に9割近い支持 「共働き世帯」増え、働き手の視点に重点

日経ビジネスオンラインに1月13日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/011200032/

三越伊勢丹HDが2018年から正月三が日の休業を検討
 2017年は年始早々、三越伊勢丹ホールディングスが2018年から正月三が日は休業することを検討し始めたというニュースが流れた。従業員の正月休みを増やし、働く環境に配慮しようというのが狙いだ、という。

 多くの百貨店は1月2日から営業、中には元旦から店を開けるところもある。そんな中で三越伊勢丹は2016年から伊勢丹 新宿本店などを1月2日を休みにして大きな話題になった。それをさらに一歩進めて4日からの営業にする検討を始めるというのである。

 顧客の利便性よりも働く従業員の生活を重視する──。果たして消費者はこれに理解を示すのか。

テレビ視聴者アンケートの結果、「賛成」が圧倒的

 筆者がコメンテーターとして出演した1月4日朝の東京MXテレビ『モーニングCROSS』で、番組時間中に視聴者アンケートを行った。質問は「小売業界が三が日休むこと」に対して賛成か反対かを聞いたものだった。

 結果は、賛成が2133ポイントだったのに対して、反対は333ポイント。圧倒的に賛成意見が多かった。実に86.5%が三越伊勢丹の検討を支持したのである。

 番組の最後にこの集計結果が画面に出ると、司会の堀潤さんほか、一斉に驚きの声を挙げた。私も賛成意見が多くなるだろうとは思ったが、ここまで大差になるとは考えなかった。

消費者が「多少の不便」を我慢すれば、働き方は変えられる

 同じくコメンテーターだった音楽家秦万里子さんは、「我慢をすることも大事よ」と仰っていた。確かに、何から何まで便利になり、いつでも物が買えるのが当たり前というのは、せいぜいここ20〜30年の話。昔は市場が閉まり、物が店頭から消えたから、保存がきくお節料理やお餅を食べつないだ。

 確かに往時は「不便」だったが、だからこそ、みんなが一斉に休むことができた。一方、今は便利さを実現するために、大晦日まで歳末大売り出しの店頭に立ち、テレビから流れる除夜の鐘を聴きながら、模様替えを行って元旦からの初売りに備える。そんな仕事の仕方を迫られる人たちが俄然増えたのである。

 消費者が多少の不便を我慢すれば、そんな働き方から解放される──。伊勢丹の検討に対する秦さんのコメントはそれを端的に示していた。

「消費者」よりも「働き手」として判断した人が多かった

 私は86.5%という圧倒的な数字を見て、別の事を感じた。「消費者」よりも「働き手」として、このニュースを見る人が多かったのだろう、というものだ。1月4日の朝8時に、この時間帯の番組としては比較的「硬派」のモーニングCROSSを見ている人自体が、これから出社して働こうとしている人たちが多いのではないか、という推論も成り立つ。

 だが、私は根本的に家族の構造が変わったことが、人々の意見を変化させたのではないか、と考えた。

 総務省の「労働力調査」の中に「専業主婦世帯」と「共働き世帯」の数の推移を示すデータがある。(■図1)

(出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構)

 それによると2015年の共働き世帯は1114万世帯であるのに対して、専業主婦世帯は687万世帯。この差は年々開いているが、とくにこの5年の変化は急激だ。共働き世帯が1000万世帯前後から一気に100万世帯以上増え、専業主婦世帯は800万世帯弱から100万世帯以上減ったのだ。

お母さんやお父さんが年末年始に働いている家が増えた

 1990年頃までは、専業主婦世帯の数が共働き世帯を上回っていた。1990年から2000年頃までは両者の拮抗が続いたが、2000年を境にどんどん共働き世帯が増えた。

 つまり、年末年始はお母さんが家にいるのが当たり前、という生活スタイルが激変し、お母さんもお父さんも年末年始は忙しく働いているという家庭が増えたのだ。これが、年末年始の小売業が休みを減らす原動力にもなったわけだが、皮肉なことにそれがさらに年末年始に働かなければいけない人たちを増やす結果になった。

 「もうそろそろ年末年始ぐらいゆっくり休みたい」──多くの人たちがそう感じるようになったのではないか。つまり、消費者としての視点よりも働き手としての視点の方に、より重心がかかるようになった、ということなのかもしれない。

三越伊勢丹HDの「覚悟」

 三越伊勢丹の経営者はその時代の変化を現場のムードから感じ取ったのだろう。1月2日を休みにしても世間の批判は浴びなかったことから、3日の休みも「検討」するとしたわけだ。休みを決めて発表するのではなく、検討段階だと断ってメディアに発信したのは、間違いなく世間の反応をみたいという経営者の思惑があってのことだろう。

 百貨店の経営者にとって営業日を減らす決断は「怖い」。普通ならば営業日が1日減れば、その分売り上げは減少する。しかも1月3日となれば仕事が休みの人たちがまだまだ多い。毎月の売上統計でも、日曜日の日数が減ると、てき面に成績が落ちる。それでも従業員の事を考えて休みにしますというのは、かなりの「覚悟」がいる。

 経営者がそんな「覚悟」を持たなければならなくなったのには理由がある。人手の確保が難しくなっているのだ。昨年11月の東京都の有効求人倍率は2.03倍。職を探している人ひとりに対して2つ以上の求人があることを示している。しかも求人数は79カ月連続で増え続けている。少子化の影響もあり圧倒的に人手不足なのである。

外食産業では人手不足で営業を休まざるを得ないところも

 中には人手が足らないために、営業に支障をきたす業界も出始めている。深夜に営業する外食産業などの中には、人手が確保できずに営業を休まざるを得ないところも出始めている。

 もちろん、アルバイトやパートの時給を引き上げるなど待遇改善で人を集めようと努力している企業も多いが、そもそも深夜の仕事や土日の仕事が選ばれにくくなっているのだ。特に若い人ほどそうした傾向が強い。

 かつて大手の小売業が地方の高校などでリクルートを行い、大都市圏の社員寮に住まわせて店舗で働かせる人材確保の仕組みを作っていた。大都市には仕事があるが、地方都市は不景気で仕事がない、というのが前提に成り立っていたわけだが、これが崩れ始めている。全国の都道府県で有効求人倍率が1倍を超えるなど、人手不足は地方都市にも及んでいるからだ。

今後ますます都会の小売業は人材採用に苦労する

 大都市圏に出て来れば、社員寮は格安にしても、生活費は地方の比ではない。わざわざ大都市に出なくても、自宅から通える地方都市に仕事があればそこに就職する。そんな若者が増えているのだ。

 今後ますます大都会の小売業は人材採用に苦労することになるだろう。大きな戦力だった主婦層も、前述のデータが示すように共働きへと変わっている。定年退職した後の人材を使うにしても限界がある。人手不足はこれから一段と深刻になってくるのは間違いない。

 そんな中で、長時間労働は当たり前、土日に働くのも当たり前だった小売業は、真っ先に「働き方」の改革を求められることになる。働き方、つまり勤務環境を変えなければ人材確保ができなくなるのは目に見えているからだ。

他店とは異なる店づくりが必要になる

 そうなると小売業の営業のスタイルも大きく変えざるをえなくなってくる。どこの店に行っても似たような品揃えならば、その時に空いている店に買いに行く。ところが特定の店に行かなければ買えないものがあるとなれば、休業日の翌日に店を開くのを待ってでもその店で買うことになる。

 繰り返し言われていることだが、他の競合相手との差別化を進めるしかないわけだ。さらに従業員の待遇を改善するためには、商品を販売した際の利益率を高めなければならない。独自の商品を高く売る、逆に言えば高くても選んでもらうことができる店づくりが焦点になる。まさに経営力が問われる時代になるわけだ。