外国人に日本語教育を、ダブル・リミテッド防げ 外国人材の受け入れは進むのか

日経ビジネスオンラインに2月24日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/022300036/


 政府の「働き方改革実現会議」が2月22日に会合を開いた。昨年9月の初会合から8回目で、これまでの会合で取り上げなかった具体的な項目について議論した。

 実現会議の初会合で安倍晋三首相は、以下の9項目を検討すると表明していた。 

 1)同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善。

 2)賃金引き上げと労働生産性の向上。

 3)時間外労働の上限規制の在り方など長時間労働の是正。

 4)雇用吸収力の高い産業への転職・再就職支援、人材育成、格差を固定化させない教育の問題。

 5)テレワーク、副業・兼業といった柔軟な働き方。

 6)働き方に中立的な社会保障制度・税制など女性・若者が活躍しやすい環境整備。

 7)高齢者の就業促進。

 8)病気の治療、そして子育て・介護と仕事の両立。

 9)外国人材の受入れの問題。

外国人材の「受け入れ」には慎重な記述
 この中で最後まで手付かずだったのが9番目の「外国人材の受け入れ」だった。ほかの項目が現状の働き方をどう変えて行くか、という日本人の働き方に直結する問題だった中で、外国人材の「受け入れ」という今後のテーマが設定されていたことで、議員の間にも戸惑いがあったのだろう。委員が提出した資料には以下のような慎重論が並んだ。

 「現在の技能実習制度に問題があることは十分承知しているが、さりとて直ちにこれがベストという具体案を持ち合わせていない。本件は、一時的な労働力不足への対応といった視点だけで即断するのではなく国民の理解と判断が求められる」(労働政策審議会会長を務める樋口美雄慶應義塾大学教授)

 「外国人材の安易な在留資格や就労資格の緩和などなし崩し的な受け入れ拡大は問題であり、社会インフラの整備とそのコスト負担も含めた総合的・国民的な議論が必要である」(連合の神津里季生会長)

 「中長期的な視点から、日本の労働市場の健全な発展(日本人の技能形成・雇用確保等)と外国人材の積極的な活用との両立を可能とする制度のあり方を検討することが必要ではないか」(水町勇一郎東京大学教授)

 唯一、高橋進日本総合研究所理事長が、外国人労働者を積極的に受け入れるべきだとの立場から具体的な提案をしていたが、会議全体としは「外国人材受け入れ」問題については議論は低調だった。

まず誰かが具体案を提示することが必要なのに…
 議論を受けて安倍首相は、高度人材については積極的に受け入れるという従来の方針を繰り返したうえで、以下のように述べた。

 「他方、専門的・技術的分野とは評価されない分野の外国人の受入れについては、ニーズの把握や経済的効果の検証だけでなく、日本人の雇用への影響、産業構造への影響、教育、社会保障等の社会的コスト、治安など幅広い観点から、国民的コンセンサスを踏まえつつ検討すべき問題との立場をとっているところであります」

 要は、「国民の理解と判断」や「総合的な・国民的な議論」、「国民的コンセンサス」が必要だというのである。国民的コンセンサスを得るためにも、誰かが具体的な案を提示し議論を始めることが必要で、そのために「働き方改革実現会議」など様々な会議が首相官邸に設けられているはずだが、これでは問題の先送りだろう。

人手不足により増加し始めた外国人労働者

 一方で、深刻化する人手不足に対応する形で、外国人労働者がなし崩し的に増加し始めている。厚生労働省が1月27日に発表した「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」によると、2016年10月末時点の外国人労働者数は108万3769人と、1年前に比べて19.4%増加、4年連続で過去最多を更新した。遂に「届け出ている」外国人労働者だけでも100万人を突破したのである。

 この調査は、年に1回で、すべての事業主に外国人労働者の氏名、在留資格、在留期間などを確認してハローワークに届け出ることを義務付けているものだが、実は届け出をしていない事業者も多い。

 この統計の中でも増加が目立つのが、「資格外活動」に分類される外国人労働だ。大半は留学生である。大学だけでなく、専門学校や日本語学校に留学生資格でやってきて、働いているケースだ。留学生には週に28時間までの労働が認められているほか、学校が長期休暇の間は1日8時間、週40時間まで働ける「例外」もある。留学ビザで入国して働いている外国人が急増しているのだ。その数23万9577人。全体の22.1%を占めるに至っている。

 しかも、留学よりも働くことが本当の目的で、上限時間を超えて働いたり、バイト先を掛け持ちして規制の枠を逃れるケースも少なくないとみられる。

ドイツの議員、「定住してもらうための取り組みが後手に」

 結局、外国人労働者の受け入れ議論を先送りしていることが、法の目をかいくぐった、なし崩し的な増加に結び付いているのである。

 同じ2月22日、日本国際交流センターが「人口動態の変化とグローバルな人の移動」と題するシンポジウムを開催した。外国人の受け入れに大きくカジを切ったドイツから政治家らを招き、日本の政治家などと議論した。

 筆者がコーディネーターを仰せつかったパネルディスカッションで、ドイツ連邦議会(国会)のロルフ・ミュッツェニヒ議員は、「移民政策でのドイツの失敗は」と問われて、こう答えていた。

 「労働者不足を補うためにガスト・アルバイター(ゲスト労働者)として受け入れ、ドイツで生活者として定住してもらうためのドイツ語教育や共生のための取り組みが後手に回ってしまった」

 労働者としての視点だけで外国人を受け入れ、生活者としての視点が欠けていたために、その後、大きな社会問題を引き起こしたというのだ。1980年代のことである。


日本国際交流センター主催の「人口動態の変化とグローバルな人の移動」と題したシンポジウム。2月22日に行われた。右から2人目がミュッツェニヒ議員、左へ河野太郎議員、中川正春議員。

まずは定住外国人日本語教育を行うことに合意を

 日本側からは自民党河野太郎・前規制改革担当相と民進党中川正春・元文部科学相が参加した。両議院とも外国人受け入れの積極派として知られる。

 中川氏からは、外国人受け入れの増加に向けて、昨年秋にひとつの議員連盟超党派で立ち上げた事が報告された。設立したのは「日本語教育推進議員連盟」。まずは、日本で働く外国人や留学生向けの日本語教育を充実させ、経済活性化の一助にすることを目的とする。日本に定住する外国人の子弟が、日本語も母国語も十分に理解できない「ダブル・リミテッド」と呼ばれる状態に陥るケースが出てきたことなどに、国が積極的に関与していくことを求める。「日本語教育振興基本法(仮称)」の制定を目指すという。自民党河村建夫・元文部科学相が会長、中川議員が会長代行を務めるほか、歴代文科相経験者などが名を連らね、現在60人のメンバーが集まったという。

 中川氏は「いきなり外国人受け入れ拡大と言っても、議員の意見は一致しないので、まずは定住する外国人に日本語教育をしっかりやっていくという点でコンセンサスを作りたい」と話していた。

 ようやく、議論が始まりつつあるとも言えるが、国民感情に敏感な永田町では、まだまだ「タブー」として議論を避ける傾向がある。日本を訪れる外国人観光客の急増で、地方でも外国人アレルギーは急速に減退している。身の回りでも働く外国人に接するのが日常的になっている。働き手としてやってくる外国人も、いったん国に入れば生活者である。今後増えていく定住外国人にどう向き合っていくのか。国民的議論を早急にまとめる必要がある。