人材の草刈り場と化す東芝…最大の懸念は原発エンジニアの流出だ 福島第一の廃炉作業に不可欠

現代ビジネスに3月1日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51091

社長のメッセージが響かない

東芝が米国の原子力事業で7125億円にのぼる損失を明らかにした2月14日、予定より2時間以上遅れて記者会見を開く前に、綱川智社長は社員に向けてメッセージを読み上げていた。

社内に配布された速記録にしてざっとA4版2枚。原発事業で巨額の損失に陥った事実関係を述べたうえで、乗り越えなければならない2つの山として「期末の株主資本や純資産(の維持)」と「資本市場への復帰」を上げた。

そして締めくくりにこう述べた。

東芝が築いてきた技術、品質、そしてお客様からの信頼は、(中略)皆さん個々人の情熱から生まれてきたものだと思います。東芝をつくっているのはそういう皆さん一人ひとりです。

皆さんには大変なご苦労をおかけしますが、今、心折れることなく、どの職場にあっても、商品・サービスに愛情と責任を持ち続けていただきたい」

綱川社長の必死の呼びかけも多くの社員には虚しく響いた。

巨額の損失を生み出し、今、東芝を危機に追い込んでいるのは、東芝の技術や品質の「失敗」ではない。言うならば「経営の失敗」が社員を明日をもしれぬ状況へと追いやっている。

当然、沈みかけた船からは逃げ出す社員たちが少しずつ増えている。

「A君は珍しく有給休暇をとっているけど、転職の面接に行っているのではないか」

職場ではそんな会話が小声で語られているという。

問題は原発のエンジニア流出

若手の社員や優秀な技術者ほど、転職のハードルは低い。つい数年前まで名門企業だとみられていた東芝には優秀な人材が豊富にいる。そんな人材が他のメーカーや商社、コンサルティング会社などへと流出している。

「昨年末の巨額損失の公表以降、東芝は草刈り場になっている」と転職コンサルタントは言う。

理科系の人材は日本では大学の研究室と企業の結びつきが強く、なかなか外資系では採用が難しい。とくに一線で働く優秀な人材を外資系が雇うのは至難だった。それが人材確保のチャンスが到来していると外資は見ているという。

米国のGEやドイツのシーメンスなど大手にとっては、日本でのプレゼンスを一気に高める好機が来たことを意味している。

東芝からの人材流出で最も懸念されているのが原子力部門だ。東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故対応には多くの東芝のエンジニアが関わっている。そうした人材が東芝から抜けていけば、福島第一の廃炉や汚染水処理もままならなくなる。

「しかも、東芝原子力を辞めていく技術者の中には、もう原子力は結構だと言って、他の分野に移っていく人も少なくない」と東芝の関係者は言う。

そうなると、これは東芝という会社だけの問題ではなくなる。福島第一の事故処理は、国をあげての緊急事態対応である。一義的には東京電力に処理責任があるとはいえ、東京電力自体の経営がままならない中で、国が責任をもって対策に当たるしかない。

だからこそ、国が東芝を助けるに違いない、という見方が証券市場などにも存在するわけだ。福島第一や今後の原発廃炉には東芝の技術が不可欠だから、東芝を何としても残すだろう、というわけだ。

だが、現実には東芝を救済するのはたやすいことではなさそうだ。

東芝が「当社の責任において当社としての見通し及び見解を記述したもの」として公表した2016年4〜12月期の連結決算は最終赤字で4999億円。12月末の株主資本は1912億円のマイナスである。しかも監査法人のレビューが通らず、決算ができない異例の事態となっている。

完全に逃げ道を失った

巨額損失の原因は原発子会社ウェスチング・ハウス(WH)が買収した原発建設工事会社ストーン・アンド・ウェブスター(S&W)。綱川社長の社員向け説明をそのまま引用すれば、以下の通りだ。

「本件は2008年に東芝が親会社保証のリスクを負って受注した米国4基の原発建設に起因するものです。

その後、安全基準が厳しくなり、工事の進行状況やコスト負担巡るお客様との関係が悪化し、2015年末の建設子会社買収により事態の打開を図りましたが、買収後の改善に向けたフォローが不十分であったことにより、巨額損失の計上という結果になりました」

社内内部では工事会社S&Wを買収すれば損失が小さくなるという説明がされてきた模様だが、現実には買収によって、コストの増加分をすべてWHが抱え込むことになり、保証をしている東芝にすべてのツケが回ることになった。

買収後の電力会社との契約見直しで、4基の原発が完成するまでの工事費用の増加分はすべて東芝の負担になることになっているほか、仮に工事が完成しなかった場合の損害賠償負担も東芝が負っているという。完全に逃げ道を塞がれているのだ。

東芝は7125億円という損失は工事コストを保守的に見積もった結果だとしているが、今後さらに工事が遅れたり、規制が強化されれば、さらに損失が膨らむことになりかねない。

つまり、米国の原発4基の建設にかかわるリスクをすべて東芝が負う格好になっているようなのだ。今度の決算で損失を出したからと言って、それで終わりになるかどうかはわからないのである。

そんな蟻地獄のような状況の会社に国民の税金を投入して救済することは難しい。

人材と技術を守る策

綱川社長が「山」だとしている3月末の債務超過を解消するために、半導体事業を売却したとして、それで東芝の事業が「正常」に戻るわけでもない。

キャッシュを稼ぐ事業を売却してしまえば、期末を乗り切ったとしても、早晩、事業は行き詰まる。半導体事業の売却益は1兆円を超すとも報じられているが、その1兆円が米国の原子力事業に消えていけば、東芝の未来は見えてこない。

では、東芝の崩壊とともに、人材や技術が外資系企業などに流出してもよいのか、というとそうではない。東芝の人材や技術を守ることと、東芝という会社を守ることは同じではない。原子力にかかわる人材や技術を早急にどこかに集約する必要はあるだろう。

日立製作所三菱重工業など原子力技術を持つ日本の会社から人材と技術を集めるような新しい企業体を早急に検討すべきだろう。

だが、これはあくまで東芝などの「資産」を集めるための会社で、東芝が背負っている「負債」を引き継ぐ会社であってはならない。

仮に負債を背負いこんだうえで、そこに公的資金を投入すれば、それこそ、将来に大きな禍根を残すことになるだろう。