禁煙をめぐり自民党vs.厚労省が激突 「吸わない」8割の国民の声は届かない?

月刊エルネオス4月号(4月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/

受動喫煙防止をめぐる対立
 原則として飲食店内での喫煙を全面的に禁止する法案をめぐって、厚生労働省自民党が激突している。
 厚労省がまとめた「健康増進法改正案」の原案をめぐってバトルが起きているのだ。この改正法案は、他人が吸っているたばこの煙を吸い込む「受動喫煙」の防止対策を盛り込んだもの。厚労省の原案では小規模なバーやスナックを除き、飲食店内を全面的に禁煙とすることにしている。飲食店は「喫煙室」を設けることができるが、従来のような「分煙」では許されなくなる。
 というのも、分煙では、職場の懇親会などの会食で喫煙可能な部屋に入ることを、社員が拒否できないケースが生じ、不本意な「受動喫煙」をすることにつながるから。また、高校生アルバイトを含む従業員にも受動喫煙を強いることになる。これを避けるためには全面禁煙が不可避だというのが厚労省の主張なのだ。
 さらに、東京オリンピックパラリンピックに向けて、飲食店内禁煙が当たり前になっている先進諸国と規制を合わせたいという思いが厚労省にはある。
 一方で、自民党内では強硬に反対する議員のボルテージが上がっている。飲食店業界や酒類メーカーからの陳情を受けた議員を中心に、小規模店は規制の対象外として、店舗の入り口に「全面禁煙」「喫煙可能」等の表示をすれば足りるという主張を展開している。厚労省の原案の見直しを激しく迫っているのだ。
 厚労省サイドには、超党派の国会議員でつくる「東京オリンピックパラリンピックに向けて受動喫煙防止法を実現する議員連盟」(会長・尾辻秀久厚労相)などが支援についているが劣勢であることは否めない。三月中旬にも議連メンバーが、菅義偉官房長官に「飲食店を含む公共的屋内空間の禁煙方針を堅持し、分煙や適用除外を避けること」などを求めた。また、気管支喘息などアレルギー疾患を持つ患者や子供の親らでつくる三団体が、飲食店も含めた公共の建物内を禁煙とするよう塩崎恭久厚労相に求めるなど、規制強化を支持する動きも出ているが、規制強化を支持する議員は自民党内では少数にとどまっている模様だ。

届かぬ多数派の声
 一方で、業界団体の支援を得た議員の勢いが増しているのが実状。規制を強化すれば自民党の支持率低下につながるとして塩崎厚労相厚労省に圧力をかけている。国民の八割が喫煙しなくなっており、健康意識が高まる中で、「受動喫煙を避けたいという人は多数派ではないか」(厚労省幹部)という見方が根強いものの、声を上げるのは反対派ばかりで、「サイレント・マジョリティー(物言わぬ多数派)」の声は自民党議員には届いていない。
 反対派は飲食店を禁煙にすれば喫煙者が店から離れ、経営破綻が続出すると主張。たばこ業界も打撃を被るとしている。居酒屋などでたばこが吸えなくなると、来店客数が減り、酒類の販売にも響くという考えから、酒類メーカーなども反対派に加わっているという。
 もっとも、この点については、厚労省が先進諸国の調査結果を紹介し、飲食店を禁煙にしてもたばこの販売本数については影響が出なかったことや、来店客数にも影響がないこと、むしろ子連れの来店などが増えているケースも多いことを強調している。
 改正法案には、飲食店内だけでなく、学校や官公庁など公共の建物内で全面禁煙が義務付けられるほか、電車やバス、タクシーの車内も禁煙になる。すでに電車やバスは禁煙になったが、タクシーの一部は喫煙を認めている。喫煙者の後に乗車した客から「煙臭い」といった苦情が出るケースも少なくない。
 建物内での禁煙は先進諸国ですでに実施されており、「世界的な流れ」になっている。もともと日本はどこでもたばこが吸える「喫煙大国」だったが、分煙の流れが強まり、最近ではオフィスのある建物内を禁煙としているケースが増えている。不本意受動喫煙が多いのは、職場の会食などで飲食店で喫煙者と同席しなければならないケースとみられている。妊娠初期の女性や周囲には内緒でがん治療を続けている人などが受動喫煙を拒絶できない可能性が大きい。飲食店での全面禁煙が課題になっているのはこのためだ。

国民より業界を優先
 世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)は「たばこのない五輪」を推進している。二〇一二年の五輪を開催したロンドンは建物内禁煙を罰則付きで実施した。一六年のブラジルのリオデジャネイロは敷地内では一切たばこが吸えなかった。一八年に平昌で冬季五輪を控える韓国はすでに建物内は原則的に全面禁煙になっている。厚労省はもともとロンドン並みの厳しさを検討したが、飲食店などに喫煙室設置を認めている韓国並みでとどめた。
 反対派に配慮してこの原案をさらに緩めるということになると、韓国では焼き肉店ではたばこが吸えないのに、東京の焼き肉店ではたばこが吸えるというジョークのような現象を許すことになりかねない。オリンピックに向けた日本の取り組みには世界が注目している。
 日本人の喫煙率は大幅に下がっている。厚労省の調査によると、一九九六年には四九・四%だったが、一四年には一九・六%と半分以下になった。五十年前(一九六六年)には男性の八四%がたばこを吸っていたとされるが、今では男性でも三二%に低下。健康を気にするシニア層や、子供が生まれた家庭などでは禁煙するケースが多いとみられている。
 最近では、煙が出ない電子たばこなどが開発され、喫煙可の飲食店でも電子たばこを吸う人が出始めた。受動喫煙に対する認識が徐々に広がっていることも背景にある。こうした中で、飲食店でも当たり前のようにたばこが吸えるという状況はどんどん許されなくなっている。そんな社会のムードにかかわらず、国民より「業界」に気を配る自民党の本領発揮となるのかどうか。自民党厚労省のバトルの行方に注目したい。