日本企業が海外企業を買収する前に克服しておくべきこと M&Aは史上最高額を記録、でも…

現代ビジネスに4月5日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51380

外国企業を日本企業が「経営」できるか

「海外M&A最高11兆円 日本企業、昨年度 低金利で大型化」ーー。

4月3日付けの日本経済新聞は、M&A(合併・買収)助言のレコフの集計で、2016年度の日本企業によるM&Aが過去最高額になったと報じた。金額は10兆9127億円。ソフトバンクグループが買収した英半導体設計のアームス・ホールディングス(約3兆3000億円)が大きかった。

日本企業のM&Aはこの3年、過去最高を更新し続けている。一時に比べて円安になったものの、低金利と豊富な手元資金を背景に海外企業を積極的に買収している。国内の人口減少が鮮明になる中で、多くの企業が「グローバル化」を進める過程で海外企業を傘下に収める例が増えているわけだ。

問題は、買収した外国企業を日本企業が「経営」できるかどうか。株式を取得して傘下に収めることは資金さえあればできるが、「グローバル企業」として経営できるか、となるとハードルは高い。

現在、経営危機に直面している東芝が典型例だ。2006年に米原子力大手のウェスチングハウスを買収して傘下に収めたが、最後まで東芝はコントロールできていなかった、とみられる。

もちろん、東芝本体からWHの取締役会に幹部を送り込んでいたが、実質的な事業運営は現地人幹部が担っており、最後は正確な経営情報すら東芝の取締役会には報告されていなかった模様だ。

東芝原子力部門の現場に聞くと、「ウェスチングハウスの社員と会うと、どっちが親会社なのか分からないような態度だった」という声が多い。ウェスチングハウスからすれば、確かに資本は出してもらったが、技術は自分たちの方が上だ、という自負があったのだろう。

だが、逆に言えば、「子会社」の社員をそこまで増長させたのは、東芝ウェスチングハウスに対する統率力が弱かったから。つまり、経営が「甘かった」からに他ならない。

ウェスチングハウスがそうだったかは別として、外資系企業の幹部だった日本人に聞くと、「欧米企業は間違いなく性悪説に立って経営している」と口をそろえる。トップが甘い管理をすれば、部下は好き勝手に動く。時には上司をだますような事も平気でやるようになる、というのだ。

外資系金融で日本法人のトップを務めた人物も、「温情をもって接すれば、いつかは上司の気持ちを分かってくれる、と当初は考えて、日本的な人事を行ったが、まったくダメだった」と振り返る。結局、結果責任を追及され、実力が常に試される環境が当たり前の欧米人幹部にとって、「緩い上司」はカモ以外の何物でもないというわけだ。

1980年代後半から90年代前半にかけて、日本の大手企業はこぞって海外の老舗企業をM&Aした。

少し背伸びをすれば、業界ナンバーワンの名門企業を手に入れられるとあって、鉄鋼業でも、非鉄金属でも電機でも、不動産でも、金融でも、大型買収が頻発した。もちろん円高とバブル景気による「浮かれた経営」だったのだが、当時は日本企業の国際化としてもてはやされた。

当時のM&Aも、株式の取得で傘下には収めたものの、経営の一体化は望むべくもなく、グローバルなグループ経営を行うわけでもなかった。アラブ産油国オイルマネーで企業の株式を取得しても、一切、経営には口を出さなかったのと似ているが、当時の日本企業の場合、投資としても成果を上げることはできなかった。

多くの企業が、高値で株式や不動産を取得し、どん底で売り払う結果になった。

欧米企業の場合、「売り」に出るには相応の理由がある。株主がいる場合、公正価値よりも安い値段で売られるケースはまずない。プレミアムが上乗せされた金額でなければ株主は手放さない。

あるいは企業が一部の事業を売却する場合、その事業の収益性がピークアウトしているか、もはやその国では将来性がないと判断されているケースが多い。

つまり、「お買い得」な会社など、そうはないのだ。

本当に重要なのは…

では欧米企業はなぜ、M&Aで他の会社や事業を買うのか。

それは現在保有している事業とのシナジー、つまり相乗効果が期待されるからだ。現在の事業に、買収先を加えることで、1+1が3になることを狙う。

つまり、かなりの経営力がなければシナジーなどは生まれない。買収して持ち株会社の傘下に置いておくだけでは、1+1がよくて2にしかならないわけだ。

技術や人材だけが欲しいならば、わざわざ企業にプレミアムを付けて買収する必要はない。ヘッドハントや技術導入を行えば済む話だ。同業を買収してマーケットを取りに行くという場合、買収した企業で苛烈なリストラが不可欠になる。だが、日本企業が海外企業を買収して、思いっきり人切りをやったという話はほとんど聞かない。

問題は、日本企業にこうした欧米流の経営を担える人材が育っていないことだ。というよりも育てていない。一介のスタッフからスタートして50歳を過ぎてようやく取締役になっても、本当の経営人材にはなれない。自社で競争に敗れて他社に転職しようとする頃には、還暦を過ぎてしまう。

欧米の多国籍企業などの場合、30歳で経営幹部職として採用されると、中規模国にある子会社の役員からスタート、小規模国の子会社社長、本社の部長、中規模国の社長、本社役員といったルートで昇進していく。現場に近い経営部門で成果を上げ、少しずつ担当領域を広げていくわけだ。

その中のエリートが50歳で本社の社長になり、10年間務めるといったケースが多い。もちろん、途中で他社へ転職したり、トップが他社からやってきたりすることも普通にある。経営の専門化が定着しているわけだ。

安倍晋三内閣はいま、「働き方改革」を掲げている。新卒一括採用で正社員となったら、本人の希望に関係なく、全国どこでもどの部署でも転勤させる、いわゆる「メンバーシップ型」正社員のあり方が、問われている。欧米のように、きちんと仕事とポストを決めて採用する「ジョブ型」に変わるべきだ、という主張も繰り返されている。

だが、それ以上に重要なのは、本当に将来の経営に当たるエリート層を中途採用を含めて選び、経営専門職として経験を積ませていく仕組みを早急に作ることだろう。この層を目指す人にとって、労働時間や残業の規制は外す。実際、欧米企業の経営層は、間違いなく日本の経営層よりもモーレツに働き、成果を出すことが求められている。

本当のグローバル企業を経営できる人材を育てられる働き方改革が、今こそ重要だろう。