低迷続く消費に「底入れ」の兆し? 今年秋から2年間の政策がカギを握る

日経ビジネスオンラインに4月28日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/042700048/?i_cid=nbpnbo_tp

 低迷が続いている百貨店の売上高に微妙な変化が見え始めた。日本百貨店協会が4月20日に発表した2017年3月の全国百貨店売上高は、対前年同月比0.9%減(店舗数調整後)と13カ月連続のマイナスになったものの、主要10都市の百貨店の売上高は0.2%増となり、13カ月ぶりにプラスに転じた。

 都市別にみると、大阪と札幌が3カ月連続プラス、名古屋が2カ月連続プラスとなっており、仙台もプラスに転じた。日本百貨店協会では「富裕層消費やインバウンドの回復が売り上げを下支えした」と分析。「高額消費やインバウンドの割合が小さい地方の百貨店は苦戦が続いている」とみている。インバウンド、つまり海外から日本を訪れる観光客の増加が続いており、いわゆる「爆買い」が復活し始めているとみているのだ。果たしてこれが、下落傾向が続いている日本の消費全体の復調につながっていくのか。

3月の訪日外客数は220万人

 日本政府観光局(JNTO)の推計によると3月の訪日外客数は220万6000人と前年同月比で9.8%増え、3月としては過去最高を記録した。昨年は3月末だったイースター休暇が今年は4月になったが、それでも欧米人観光客は昨年3月よりも増えた。アジアからのクルーズ船の寄港が増えたことや、航空路線の増加なども寄与している。

 百貨店で外国人が免税手続きをしたうえで購入した金額は、3月は196億6000万円で、前年同月比24.6%増えた。免税売上高は2016年4月から11月まで、前年同月割れが続いていたが、昨年12月以降4カ月連続でプラスとなっている。昨年8月のマイナス26.6%を底に、明らかに改善が続いているのだ。

「爆買い」に構造変化

 もっとも、以前のような「爆買い」が復活しているのかというと、だいぶ様相が異なる。ハイエンドブランドや高級婦人服・雑貨といった商品から、化粧品や食品といった低価格品に明らかにシフトしている。この結果、客1人当たりの購買額、いわゆる客単価は3月は6万6000円で、ピークだった2014年12月の8万9000円に比べて激減している。もっとも、その客単価も昨年7月の5万2000円を底に、上昇傾向にある。「爆買い」の構造変化が起きているのだ。

 背景には外国人旅行者の「質」が変わったことがあるのではないか。リピーターが増え、日本に何度もやってくる台湾人や中国人が増えた。当初は為替の関係で自国よりも安く買えた欧米の「高級ブランド」品に「爆買い」の照準が当たったが、日本の化粧品や食料品といった「日本ならでは」の商品に対象がシフトしていった。特に日本製化粧品の人気はすさまじい。百貨店協会の統計でも、化粧品は24カ月連続でプラスになっており、3月は11.7%も伸びた。外国人による購買が大きく後押ししているのは間違いない。

 訪日外国人による消費が全体を底上げしていると言っても、割合はそれほど大きくない。3月の百貨店売上高の3.8%だ。全体が振るわないだけに、外国人によるインバウンド消費の貢献度は小さくないが、本格的に消費が上向くためには、日本国内に住む居住者の消費が増える必要がある。

 日本人が財布のひもを緩めない背景には、給料が増えないという問題がある。安倍晋三首相は2014年以降、企業経営者に対して「賃上げ」を働きかけ、4年連続のベースアップが実現している。アベノミクスによる円安などで大きく好転した企業業績の成果を、従業員に還元し、賃上げが進めば、それが消費に向かい、景気が回復する。いわゆる「経済の好循環」を目指しているわけだ。

 首相の呼びかけによって「ベースアップ」は実現しているものの、一向にそれが消費に結びついて来ない。それはなぜか。

 実は、可処分所得が増えていないのだ。給与の支給総額は上がっても、手取りが増えないのである。厚生年金などの社会保険料が増えているからだ。

 多くの国民は忘れているが2004年の法律改正で、厚生年金の保険料率は2005年から毎年9月に引き上げられている。2004年9月に13.58%(半分は会社負担)だった保険料率は、それ以降、毎年0.354%ずつ引き上げられている。2017年9月には18.3%になり、それで固定されることが決まっているのだ。2004年と比べると、13年で4.72%も上昇するのだ。仮に基準となる給与が年400万円だとすると、会社負担分と合わせて19万円近く上昇することになる。

消費税6〜7%分の負担が増加
 財務省が公表している「国民負担率」を使って国民所得から逆算すると、社会保険料の負担は2004年度の52兆1800億円から2015年度の66兆9800億円へと、14兆8000億円も増えた。消費税率1%の引き上げで2兆数千億円の税収増に当たるとされるので、消費税6〜7%分の負担が知らず知らずの間に増えていたわけだ。

 社会保険料の個人負担が増えれば、当然、その分、手取りが減り、消費を抑えることになる。また、企業にとっては社会保険料の増加は実質的な人件費増加と同じ。ベースアップや賃上げに回す余力がなくなる。この傾向は中小企業ほど顕著だ。

 2014年4月からの消費税率引き上げの影響が、その後の消費低迷に結び付いているという解説がある。税率引き上げから3年たっても影響が残っているというのは考えにくく、別の要因があると見る方が正しいだろう。つまり、社会保険料の増加による可処分所得の減少が、今の消費低迷に結び付いていると考えるのが自然だ。

 とすると、消費低迷が「底打ち」するタイミングがやって来る可能性がある。前述の通り、年金保険料率の引き上げは2017年9月まで。つまり今年9月が最後の引き上げなのだ。これをきっかけに、来年以降は可処分所得が増加していくことになるかもしれない。来年4月のベースアップが実施されれば、その分、手取りが増える可能性が大きい。

 もうひとつ期待されるのが、「資産効果」だ。株価や不動産価格が上昇することで、財布のひもが緩み、消費が増える効果だ。2013年にアベノミクスが始まり株価が大きく上昇した際には、この「資産効果」が顕著に表れた。

 それが如実に表れる統計がある。百貨店売上高の中の「美術・宝飾・貴金属」の売り上げである。3月のこの部門の売り上げは前年同月比で0.6%のマイナス。13カ月連続でマイナスが続いているのだが、ここへ来て減少率は小さくなっている。しかも「主要10都市」だけをみると、3月は0.7%増と、プラスに転じている。中古マンションなど不動産価格が上昇している都市部で、「資産効果」の消費が出始めている可能性がある。

 日本のGDP国内総生産)の6割は消費によって生み出されている。社会保険料の負担率増が止まる今年秋に向けて、政府は消費を後押しする景気刺激策を打つべきだろう。そのタイミングで不動産や株価などの上昇が起きれば、再び消費に火が付く可能性は十分にある。

 どんな政策を取れば、消費を後押しするかは、議論のあるところだ。消費税率を一時的に引き下げるのが効果的だとする意見もあるが、2019年10月に再度の消費税率引き上げを予定している現状では、反動の副作用を大きくする可能性が高く、難しい。

 住宅建設を後押しする政策も1つの方法だろう。家を新築したりマンションを新規購入したりすれば、それに付随してカーテンや家具、家電製品などの購買に直結する。

 いずれにせよ、保険料率の引き上げが終わる今年秋から、消費増税までの2年間が、消費を一気に底上げする大きなチャンスとみていいだろう。