日本国の“経営”を検証、行政改革の成果は? PHP総研の永久寿夫代表に聞く

日経ビジネスオンラインに5月12日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/051100049/

 

 政策シンクタンクPHP総研」はこのほど、『「日本国」の経営診断―バブル崩壊以降の政治・行財政改革の成果を解剖する―』と題する検証報告書を公表した。曽根泰教・慶應義塾大学大学院教授を座長とする「新・国家経営研究会」で議論した成果をまとめたものだ。研究会のメンバーでもあった永久寿夫・PHP総研代表に聞いた。

――報告書では、国の財政や政治・行政制度のあり方といった非常に大きなテーマを取り上げています。研究会を始められ、この報告書を取りまとめられた狙いはどこにあるのでしょうか。

永久PHP研究所の創設者である松下幸之助は、常々、「政治は日本国の経営だと」言っていました。1970年代半ばから赤字国債の発行で財政赤字を埋めることが常態化すると、経営的観点からそんな対応は長続きせず、早晩破綻すると指摘しました。むしろ、毎年余剰を出して、それを積み立てることによって、税金を徴収しなくても済む「無税国家」を目指すべきだと主張したのです。

――国家のあるべき姿、国家ビジョンを示したわけですね。

永久:ええ。その後、幸之助が亡くなった後ですが、PHPが1996年に「『無税国家』研究プロジェクト」を立ち上げました。実際にどうやって無税国家を実現していくかを具体的に考えようとしたのです。そして『日本再編計画』を発表し、いわゆる地方主権道州制を打ち出しました。道州制の議論が盛り上がるきっかけを作ったと自負しています。

 ところがその後、道州制の議論はどこかへ行ってしまったように見えます。最近では財政再建の議論も正面切って行われなくなっている。では、わが国の経営は良くなったのか。それをきちんと検証してみよう、というのが研究会を立ち上げた趣旨です。

――どんな形で検証しようとしたのでしょうか。

永久:日本国を経営に置き換えて考えれば、株主は国民です。果たして国民の意識はどうなっているのか、考えてみました。その国民に選ばれて経営陣である政治家が生まれるので、その仕組みである選挙制度についても考察しています。

――第1章は「わが国の財政の現状と未来」となっています。国の借金が1000兆円を超え、国内総生産GDP)の200%に達しています。

永久:国の借金のレベルをどうみるかについて、悲観論と楽観論があり、どう考えて良いのか分からないというのが正直なところです。しかし、国債の発行額の大半を日本銀行が買い入れるような「事実上の財政ファイナンス」を行っているのは事実で、これがいつまでも続けることができないのは明らかです。

 日本の財政は極めて不健全な状況で、放っておけば国債の買い手を海外に依存しなければならない時が来る。うるさい外国人株主が主流になったら経営介入してくるでしょう。そうなると資産を売却せざるを得なくなったり、社会保障の切り詰めが迫られたりするかもしれない。


国民は財政再建目的の消費増税には反対

――企業に置き換えれば、海外企業に買収されてリストラを迫られるという構図でしょうか。

永久:では株主である国民はどう思っているのか。過去の意識調査を遡って調べると、重視している政策として、「財政再建」というのはトップではないが必ず課題として3割くらいの人が大事だと答えています。ところが、財政再建のために消費増税となると圧倒的に反対の人が多く、増税が先送りされてしまう。

 では、経営陣である政治家はどうか。自民党にせよ民主党(現・民進党)にせよ、財政再建を取り組む政策課題として掲げ続けてきました。民主党野田佳彦内閣の時には、自民党公明党とともに、税と社会保障の一体改革に取り組むという「三党合意」も結んでいます。

 ところが、やるやると言いながら、財政再建は進まず、予算規模は毎年大きくなり、債務残高も増やしてきました。

――どこに問題があるのでしょうか。なぜ、政治は財政再建に取り組まないのですか。

永久選挙制度に問題があるのではないかと考えました。もともと中選挙区制では、強い首相が生まれにくく、国民に痛みを求める強いリーダーシップが望めないことから、財政は慢性的に肥大化すると考えられてきました。小選挙区になって党のマニフェスト政権公約)による選挙になれば、党首の力を強め、リーダーシップを発揮できるようになると考えられた。

――実際1994年に小選挙区比例代表並立制が導入されました。

永久:その結果、首相が指導力を発揮できるようになったのは事実でしょう。また、第2次安倍内閣で導入された内閣人事局によって、政治による官僚組織の統率力は格段に高まりました。ところが、こと財政については、安倍内閣は歳出を拡大させる方向に動いています。経営陣はやろうと思えばやれる体制になっているのに、財政再建は実現しないわけです。


4つの改革は「ほとんど効果なし」

――報告書では、過去の「改革」は効果があったのか、検証しています。

永久地方分権改革、公務員制度改革道路公団民営化、行政事業評価の4つを取り上げて検証しました。検証すると思わず失笑がもれてしまうくらい、ほとんど効果がなかったことが分かります。道路公団の民営化による財政貢献はほとんどないのではないかと思います。予算の構造が複雑だということもあり、実際にどう変わったかが良く分からないのです。

――永久さんは民主党政権下での事業仕分けや、その後の行政事業レビューにも携わってこられました。

永久:ええ。ですから行政事業評価の部分はかなり力を入れて検証しました。2015年度の行政事業レビューの結果が、どう16年度の概算要求に反省されたかを調べたのですが、レビュー結果の反映として一般会計、特別会計を合わせて、省庁全体で1705億円の削減がなされていました。ところがその一方で、新たな部分で概算要求が増加、レビュー対象事業全体では2兆8622億円、非対象事業では5兆2761億円も増えていました。差し引きして8兆円近く予算要求が増えていたのです。

 省庁がよくやるのは、打ち切られた事業と同じ内容のものを名前を変えて始めたり、まったく別のところで大きく膨ませたりすること。結局は行政全体としてはスリム化どころが、どんどん肥大化が進んでいくわけです。まったく笑ってしまいます。

――問題が複雑ですっきり分からない、と。

永久:そうなんです。もやもやした結果にしかならない。非常に消化不良というか、すっきりしない報告書になりました。

――この報告書は提言という形になっていませんが、どんなメッセージが込められているのでしょうか。

永久:まずは、日本全体の経営問題を忘れていませんか、という問いかけです。そして、きちんと状況を分析しましょう、分かるような形で情報開示することを含め、もっと冷静かつ科学的に分析して、問題点を明確にしましょう、ということです。さらに、今の対症療法では限界があるのだから、新しい運営方法なり、経営ビジョンを打ち出す必要があるのではないか、ということです。戦後、ずっと議論してきた道州制などの考え方も、現状では実現が困難になっている部分があります。

 最近言われている「シェアリングシティ」の考え方や、クラウドを使った新しい統治形態などを考えていかなきゃいけない。私たちとしても研究会の続きや別のタスクチームによって、そうしたあり方を考えていきたいと思います。

――政府はなかなか全体の国家ビジョンのようなものを示すことができません。これまでの延長線上というか、個別の事業がなし崩し的に続けられている感じがします。

永久:木を見て森を見ずなんですよね。事業としてはそれなりに意義付けしてやっているわけですが、それが省全体の政策の中でどんな役割を担っているかとか、省庁横断の中でどんな連関があるのかといったことが分からないまま進んでいるように思います。


金融対策や復興支援の検証が不可欠

――これまで繰り返されてきた「改革」の成果を検証してみる、というのは大事な視点ですね。

永久:きちんと検証していないので、反省もできていないわけです。リーマンショック東日本大震災が起きて、金融対策だ、復興支援だ、ということでバンバンおカネが使われているのですが、ともかくそれがどんな効果を生んでいるのか、という検証が足らないと思います。

――長年、行政改革を見てきた永久さんの個人的なご意見では、日本国はどうすれば「経営問題」を解決できるでしょうか。

永久:中央集権をやめることでしょうか。国民が自分が負担しているおカネがどう使われているか見える化することが重要だと思うのですが、そのためには規模が小さくないと難しい。ユニットを小さくすることでしょう。

 戦後長い間、日本という国も国民も、キャッチアップを目指し追いかけるロールモデルがあり、それを共有できていました。成熟社会になってそうした認識の共有化が難しくなった。どんな社会、どんな国を目指すのか共通認識を持ちにくくなったことが背景にあるように思います。ダイバーシティ(多様化)が求められる時代だからこそ、それにふさわしい国の機能の新結合のようなものが求められているように思います。