このたった一つのルールで、日本企業のガバナンスは劇的に変わるだろう 権限なき実力者たちは何をしているのか

現代ビジネスに5月24日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51831

顧問・相談役の情報開示がはじまる

おそらく、このルールが本当に機能するようになると、日本企業のコーポレートガバナンス、企業の意思決定の仕組みは劇的に変わることになるだろう。

「このルール」とは、政府が今年6月に成長戦略の“目玉施策”として打ち出す上場企業の「顧問・相談役」の情報開示制度だ。

具体的なルールづくりはこれからだが、誰が相談役や顧問で、どんな役割を担っているかなどを、東京証券取引所に提出が義務付けられている「コーポレートガバナンス報告書」に記載が求められるようになる見通しだ。2018年3月期から開示が始まることになりそうだ。

これまで、社長や会長を退任しても「相談役」などとして会社に居残り、実質的に権力を握り続ける例は少なくなかった。

天皇」や「ドン」などと呼ばれ、経営戦略から人事にいたるまで隠然たる力を持つ。こうした日本的とも言える人事慣行に、ようやくメスが入ることになったのだ。

第2次安倍内閣は、成長戦略の中で、「コーポレートガバナンスの強化」を打ち出し、上場企業への社外取締役の導入促進や上場企業としてのあるべき姿を示した「コーポレートガバナンス・コード」の制定などに取り組んできた。

こうしたガバナンス改革には海外の機関投資家などの評価が高く、「日本企業が変わるかもしれない」という期待感を持たせ、日本株投資を膨らませるきっかけになった。

こうした改革は、取締役会の権限強化や独立性強化に力点が置かれてきたが、そこに日本ならではの大きなネックがあった。相談役や顧問など「実力者」の存在だ。

いくらガバナンスの制度を整えても、制度で想定されたとおりには動かないことが明らかになったのである。制度上は権限がないはずの人物が実質的に最終決定権限を持っているケースは、大企業しかも老舗企業と言われるような日本を代表する企業にしばしばみられる。

彼らはいったい何をしているのか

政府の成長戦略を作る「未来投資会議」の中ではこの点が問題視された。1月27日に首相官邸で開いた第4回の未来投資会議では、安倍晋三首相自身がこう発言することによって、問題に火が付けられた。

「本日の問題提起を踏まえて、不透明な、退任した経営トップの影響を払拭し、取締役会の監督機能を強化することにより、果断な経営判断が行われるようにしていきます」

担当する経済産業省金融庁は、総理の発言によって動かざるを得なくなったのだ。当然、経団連など財界の首脳たちは、多くがもともとの企業の「相談役」や「顧問」。自らの企業での権限を縮小することにもなるだけに、抵抗感は強かった。

それでも、制度上権限がないはずの人たちが「何をしているのか」を開示することに、反対する理由は難しい。結局、開示推進派の議論を官邸が後押しすることで、経団連などの抵抗を押し切った。

6月に閣議決定する成長戦略改訂版の中で、「『稼ぐ力』の強化」策として「コーポレートガバナンス改革を形式から実質へ」とうたい、この開示制度の導入が盛り込まれることとなったのである。

実は経産省は「相談役」らの専横ぶりこそが問題だと長年感じていた。それがここへ来て抜き差しならないことになったのは、東芝の不祥事がひとつのきっかけになっているといわれる。

東芝を牛耳っていた西室泰三・元会長は、2005年に東京証券取引所の会長に転出したあとも相談役として東芝内に部屋を持ち、秘書付き車付きの待遇を受けていた。日本郵政の社長になった後もそれは変わらなかった。

東芝は2015年に不正会計が発覚、長年にわたって米原子力事業の損失計上を回避してきたことなども明らかになり、存亡の危機をさまよっている。西田厚聡氏ら歴代社長は責任を追及されているが、西室氏は何らお咎めを受けていない。

東芝での立場はあくまでも「相談役」で、法律上は何ら権限を持たないからだ。実際には西田氏を指名したのは西室氏で、その後も院政を敷いていたというのが社内外の定説になっている。

企業不祥事が起きると、しばしばこうした「相談役」らの存在がクローズアップされる。かつて金融不祥事の際にも、歴代頭取がそろって就任していた「相談役」の制度を廃止した金融機関が多くあった。

大物相談役を問題視できるか

では、この開示によって「院政」は根絶されるのだろうか。

問題は開示ルールがどこまで実態を明らかにするよう求めるかである。すでに経済産業省東証の間で開示ルールの具体策について検討が始まっているが、漏れ聞こえてくるのは、開示自体は「任意」となるといった「後ろ向き」の声ばかり。

顧問や相談役の個別の氏名や報酬の有無、勤務形態がきちんと開示されることになるかどうかは、フタを開けてみないと分からない。

当然、経団連企業は「いつもの手法」として開示のひな型を作り、実害の無い形での開示にとどめようとするだろう。後は、それをみた機関投資家個人投資家がどう反応するかである。

機関投資家に議決権行使を助言する米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、今年の総会から相談役・顧問制度の新規導入には反対を推奨する方針を打ち出している。

いわゆる「天皇」など大物相談役の存在を問題視する動きが広がるかどうかがひとつの焦点だろう。

開示に投資家の関心が高まれば、いずれ、報酬の個別開示なども課題になるだろう。特に、天下りの官僚OBなどには、厳しいルールになる可能性もある。

今年2月には文部科学省天下りあっせん問題にからんで、保険会社が文部官僚OBを顧問として迎え、月2回の勤務で年俸1000万円の顧問料を払っていた実態が明らかになった。

勤務の実態や、顧問の受け入れで会社としてどんな利益を求めようとしているのかを開示しないと、投資家が納得しないことになるだろう。