「労基署」「旅館業法」など141項目の改革提言 規制改革推進会議が答申提出。「実行」できるかが問題

日経ビジネスオンラインに5月26日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/052500050/

 政府の規制改革推進会議(大田弘子議長)が5月23日、安倍晋三首相に答申書を提出した。規制改革に取り組む141のメニューを示し、内閣に「実行」を求めている。

 昨年大きな議論になった「生乳の流通自由化」や「農業資材の流通構造の見直し」など農協改革の項目が盛り込まれたほか、労働基準監督署の業務の民間開放や、行政手続きコストの2割削減といった新規項目が加わった。政府はこれを受けて6月にも、改革工程を定めた「規制改革実施計画」を策定、閣議決定する。

 規制改革推進会議は、前身の規制改革会議を引き継いで2016年9月に発足。9月12日の初会合以降、今年の5月23日まで18回に及ぶ会議を開いてきた。また、分野ごとにワーキング・グループ(WG)を設置、「農業WG」(金丸恭文座長)では昨年9月から13回、「人材WG」(安念潤司座長)は昨年10月から12回、「医療・介護・保育WG」(林いづみ座長)同15回、「投資等WG」(原英史座長)も同16回と、精力的に会議をこなした。

 新たなテーマとして取り組んだ行政手続きについては、昨年9月から「行政手続き部会」(高橋滋部会長)を設置、議論してきたほか、労働基準監督業務の民間開放についても、今年3月からタスクフォース(八代尚宏主査)を作って3回にわたって議論した。それぞれのWGや部会にはそれぞれの専門家を委員として委嘱しているが、規制改革推進会議の委員が相互に参加し、リーダーシップを発揮した。特に農業分野は、前身の規制改革会議でも農業改革に旗を振ってきた金丸・フューチャーアーキテクト会長(推進会議議長代理)を座長に、メンバーには大田議長自身も加わって改革を推し進めた。

 昨年までの規制改革会議でも問題になったのは、会議の提言がともすると「言いっ放し」に終わりかねないこと。答申の中でもこんな苦言を呈している。

 「規制の多くは利害対立の構造を内包しており、これが規制所管府省の消極姿勢につながり、改革が遅れる主な要因となっている。改革を進めるためには、様々な立場にある関係者を説得・調整し、その構造を突破していくことが求められ、これはひとえに政治のリーダーシップにかかっている。本答申の内容が最大限実現されるよう、政治のリーダーシップに強く期待するものである」

働き方改革」を後押し

 実際に規制を行っているのは各省庁だ。推進会議がいくら改革を訴えても、規制官庁が動かなければ、規制は変わらない。各省庁に改革を求め続ける「政治力」が不可欠だとしているのだ。

 そのうえで、推進会議は「重点的フォローアップ」項目を掲げている。次の項目だ。

 (農業WG)
 ・農業協同組合改革の確実な実施
 ・牛乳・乳製品の生産・流通等に関する規制改革
 ・生産資材価格形成の見直し、流通・加工の業界構造の確立

 (人材WG)
 ・労使双方が納得する雇用終了の在り方

 (医療・介護・保育WG)
 ・診療報酬の審査の効率化と統一性の確保、など

 (投資等WG)
 ・通訳案内士制度の見直し

 (本会議)
 ・民泊サービスにおける規制改革
 ・地方における規制改革
 ・地方版規制改革会議

 政治が関心を持ち続けている間は官僚は改革姿勢を取るが、世の中の関心が薄れると元の木阿弥になりかねない。推進会議としても改革の進捗状況をチェックし続ける、として改革を求めているわけだ。

 今回の答申についてメディアからは「新味に乏しく」「小粒の印象が目立つ」(日本経済新聞)といった指摘もある。確かに抵抗勢力と激突するような「大玉」は少ないが、それぞれの分野で着実に改革を進める項目が含まれている。特に「働き方改革」を後押しする項目が目に付く。

 例えば、①「転職先がより見つけやすくなる仕組みづくり」②「転職して不利にならない仕組みづくり」③「安心して転職できる仕組みづくり」――といった項目がそれ。人手不足が深刻化する中で、人材を流動化して、人材余剰の産業から人手不足の産業への雇用をシフトしようという狙いがみえる。そのための規制改革を示しているのだ。

 具体的には①の「転職先がより見つけやすくなる仕組み」として、「ジョブ型正社員の雇用ルールの確立」を掲げた。また、②の「転職して不利にならない仕組み」としては、有給休暇の付与日数が20日なるまでの継続勤務期間を可能な限り短縮することなどを求めている。

 さらに、③の「安心して転職できる仕組み」としては、「使用者が基本的な労働法の知識を十分に得るための方策について、幅広く検討を行い、必要な措置を講ずる」としている。ブラック企業と言われる過酷な労働条件を課している企業の多くでは、経営者自身が労働法の知識が乏しいケースが少なくない。それを改善するための方法を検討しろと言っているわけだ。これらの項目は、いずれも今年度内に検討を開始して結論を得るよう求めている。

労働基準監督業務の民間開放も提言

 労働基準監督業務の民間開放についても提言に盛り込まれた。政府の「働き方改革実現会議」は今年3月、残業時間に上限を定め、違反した企業には罰則を科すことを決めた。月間の残業時間の上限を原則「月45時間、年360時間」としたうえで、忙しい月でも100時間未満、月45時間を超える残業は年6カ月までとすることになったのだ。だが、問題は、それに企業を従わせることができるかどうか。つまり、違反企業を摘発する監督体制があるのか、と言う問題だ。

 もちろん、現在でも労働基準監督局が労働基準法違反などの企業の摘発に当たっている。ところが、労働基準監督官の慢性的な不足のために、実際にチェックされている「定期監督」の対象になった事業所は全体の3%に過ぎないという。しかも、調査に入ったその3%の事業所の7割が法令に違反していたことが分かっている。圧倒的な監督体制の不備が、問題企業を野放しにしているわけだ。これではルールをいくら厳しくしても実態は変わらない。

 そこで規制改革推進会議が打ち出したのが、監督業務での民間活用。入札で決めた民間事業者が、残業に関わる労使協定(36協定)を結んだ企業に対して自主点検票などを配布・回収し、指導が必要と思われる事業所について、同意を得られた場合に、労務関係書類等の確認や相談指導を実施する、としている。そのうえで、こうした民間委託業者の調査に応じなかった会社に対して、労働基準監督官が調査に乗り出すことを提言している。

 民間事業者を使うことによって、定期的に調査する対象事業所を大幅に増やすことができるうえ、より悪質と思われるところに監督官を張り付けるなど、より効率的に運用できる可能性がありそうだ。民間事業者は社会保険労務士などを想定している。

 また、今回の提言では、2020年の東京オリンピックパラリンピックに向けた規制見直しも重点項目だった。特に、急増している訪日外国人に対応するため、旅館やホテルの規制緩和を盛り込んだ。旅館業法施行令で旅館は5室以上、ホテルは10室以上とする客室数の下限規制が設けられているが、その撤廃が盛り込まれた。

 旅館業法には、和室は布団、洋室はベッドと定める寝具の規制や、「受付台は1.8メートル以上」などとする玄関帳場の数値規制なども定められており、これらの撤廃も促している。

 安倍晋三首相は以前から「アベノミクスの成長戦略の一丁目一番地は規制改革だ」と述べている。規制を改革することによって、新規参入や従来のやり方とは違った創意工夫を促すことで、経済の活性化、経済成長につなげていこうという発想だ。規制改革によって新規事業が生まれるなど効果が出るには時間がかかることもあり、足取りは鈍いようにみえるが、改革は小さな規制緩和・撤廃の積み重ねであるともいえる。