東芝に次いで日本郵政も巨額の「のれん」減損 「カモ」にされ続ける日本の大手企業「のれん代」とは何か

月刊エルネオス6月号(6月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/

 巨額の「のれんの減損」を迫られ、赤字に陥る企業が相次いでいる。存亡の危機に直面している東芝は、米原子力子会社ウェスチングハウス(WH)の「のれん代」処理が、経営危機の大きな要因になった。そんな最中、日本郵政でも「のれん」の償却が表面化した。
 日本郵政が発表した二〇一七年三月期の連結決算は、最終損益が二百八十九億円の赤字(前の期は四千二百五十九億円の黒字)になった。赤字決算は民営化後初めて。一五年に買収したオーストラリアの物流大手トール・ホールディングスの「のれん」など四千三億円の減損損失を計上したことが響いた。
 四千三億円の減損損失の内訳を日本郵政は、のれん三千六百八十二億円、商標権二百四十一億円、有形固定資産八十億円としている。
 そもそも「のれん」とは何か。なぜ、巨額の損失が一気に表面化することになるのか。
 東芝日本郵政も、以前に行った大型買収がそもそもの出発点だ。企業を買収する際、買う企業が持っている純資産の額、つまり資産価値よりも高い値段で買うことになる。そうした資産価格と買収価格の差には、不動産など固定資産の「含み益」や、「商標権」などの、帳簿上把握できていない価値が含まれる。実際の買収時には、それ以上に高い価格で買うケースも出てくる。その場合の差額、つまり実際の価値よりも高い値段で買った分を一般に「のれん」として資産計上するのだ。
 買収価格と資産価値との差は「プレミアム」と呼ばれるが、一般的には三〇〜四〇%といった水準とされる。つまり二千億円の資産価値なら二千六百億円から二千八百億円で売買が成立するケースが多いというわけだ。

減損処理のルール

 もともと日本の会計基準では、この「のれん」を一定の年数で「償却」していた。二千億円の「のれん」を十年で均等償却すれば、毎年二百億円の費用、つまり損失を処理しなければならない。一方で国際会計基準IFRSなど世界の会計処理の標準では「のれん」の均等償却は不要だ。
 買収額が数千億円にのぼるような大型のM&A(買収合併)をした場合、均等償却が求められると、毎期の決算数字が大幅に悪化することになるため、大型買収がやりにくい。これに対して欧米基準ならば、大型買収しても毎期の決算には影響が出ないため、巨額買収に踏み出すことができる。グローバル化の進展とともに、日本の主要企業がIFRSなどの欧米型の会計基準を採用するようになった。近年、日本企業による海外企業の大型買収が増えているのは、こうした会計基準の変更も大きかったのだ。
 しかし、欧米型の会計基準を採用したからといって、永遠にのれんを償却しなくてよいわけではない。のれんの計上が認められるのは、買収した会社が予定通りの利益を上げている場合だけ。買収価格と資産価値の差額は、買収企業の利益で回収していくというのが建前だからだ。
 逆に言えば、買収した会社が予定通りの利益を生み出さなかった場合、のれんを回収可能な額まで「減価」させなければならないルールになっている。これを「減損」と呼ぶ。
 東芝の場合、今振り返ってみれば、WHの業績は好調だと言い続けたのは、この「減損」を避けるためだったわけだ。東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故を機に、欧州などで「脱原発」の方針に転換したにもかかわらず、「世界の原発建設需要は旺盛」と言い続けた。WHの減損を実施したのは一六年三月期。一七年三月にWHの米連邦破産法十一条(チャプターイレブン)申請のわずか一年前である。
 日本郵政の場合、対応は早かったといえる。一五年に買収したトールが業績不振に陥ると、すぐさま「のれん」の減損処理に踏み切った。
 なぜ、目算が狂って巨額の「のれん消却」を迫られることになるのか。
 一つは、買収価格が高過ぎたことに問題がある。東芝の場合、〇六年にWHを買収した価格は六千億円。資産価値は二千億円程度で、ざっと四千億円の「のれん」を計上した。当時のWHの価格は三千億円程度、高くても四千億円といわれていた。当初、有力とみられた三菱重工業を逆転する過程で東芝が高値で買収を決めた。つまり一〇〇%以上のプレミアムが付いた価格で買い取ったことになる。その四千億円が、その後の東芝に重くのしかかったのだ。

M&A市場で問われる経営力

 日本郵政のトール社買収価格は六千二百億円。四千三億円の減損を計上したということは、それだけ高く買ったということである。会見で日本郵便の横山邦男社長は「急ぎ過ぎて高値になった」と述べ、当時の買収の拙速ぶりを嘆いてみせたが、要は、潤沢な手元資金を持つ日本郵政が足下を見られて、高く売りつけられたということにほかならない。
 減損に追い込まれたもう一つの理由は、経営力の欠如だ。いくら大きい「のれん」を計上しても、それが回収できるだけの高収益を上げ続ければ問題はない。ところがわずか数年で業績が悪化し、目算が大きく狂ってしまう。これは、買収した事業の収益性を見誤っているか、買収した企業の経営に失敗しているかである。
 東芝のWHの場合、問題発覚後いたるところで、東芝がWHの経営幹部をコントロールできていなかったのではないかという疑念が広がった。買収したからといって、その会社の経営幹部が親会社になった日本企業の言うことを素直に聞くわけではない。かといって日本から幹部を送り込んで直接経営するだけの力量もない。
 日本郵政の場合、民営化されたといっても、いまだに国が株式の過半を持つ、いわば「国の子会社」だ。郵政公社時代からの「親方日の丸」体質が染みついている。まして、海外事業に進出して、外国企業を傘下に経営できる人材などいるはずもない。もともと無謀な買収だったといえるだろう。潤沢な手元資金を持っている一方で、海外企業を経営する力に欠けた人のよい経営者がいる日本企業は、今後も国際M&Aのカモになるに違いない。