3年以内に「無人自動走行」を実現できるか 5分野に政策資源を投入する「未来投資戦略」の中身

日経ビジネスオンラインに6月9日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/060800051/?ST=editor

健康寿命の延伸はビッグデータが鍵に

 政府の成長戦略である「未来投資戦略2017」がまとまった。規制改革のメニューを示す「規制改革実施計画」や、「経済財政運営と改革の基本方針」いわゆる「骨太の方針」とともに6月9日にも閣議決定する。「未来投資戦略2017」では、人工知能(AI)やビッグデータ、IoTの活用によって快適な社会「ソサエティー5.0」を作ることを目指し、「医療介護」「自動走行」「サプライチェーン」「建設」「FinTech」の5分野を中心に、「我が国の政策資源を集中投入し、未来投資を促進する」としている。

 医療介護では「健康寿命の延伸」を掲げ、健康保険や介護保険制度の下で蓄積されているビッグデータを生かすことで、新しい予防・医療・介護システムを構築。「世界に先駆けて生涯現役社会を実現させる」としている。

 自動走行では「移動革命の実現」を掲げ、運輸業での人手不足や地域の高齢者の移動手段の欠如など最近顕在化している問題の解消を目標とする。自動車の走行データを蓄積するとともに、 AIやデータとハードウエアのすり合わせによって、自動走行を実現。物流の効率化や移動サービスの高度化、交通事故の減少、地域の人手不足対策、移動弱者の解消などにつなげていく。

 3つ目の集中投入分野は「サプライチェーンの次世代化」。工場のデータやコンビニエンスストアを中心とした流通データを活用することで、「個々の顧客・消費者のニーズに即した革新的な製品・サービスを創出することを可能にしていく」としている。

 建設分野では2020年のオリンピック・パラリンピック関連施設の建設や、老朽インフラの更新需要、震災復興などの防災対策で膨大な需要がある。その一方で、熟練労働者の高齢化や人手不足が深刻さを増している。未来投資戦略では「快適なインフラ・まちづくり」を掲げ、建設機械とデータの融合によるサービスなどの拡大を後押しする。

 5番目が「FinTech」。日本は他の先進国に比べて現金取引比率がまだまだ高い。また中小企業の IT 活用も進んでいないことから、FinTechが大きな効果を生む可能性があると指摘する。利用者の利便性を飛躍的に向上させる新しい金融関連サービスや、企業の資金調達の多様化などを支援していく、という。

 IoTやビッグデータ、AIの活用で劇的に社会のあり方を変えよう、というわけだが、総論には賛成でも個別具体的な話になると、規制や既得権が邪魔をするのが日本社会だ。そうした規制を突破する「目玉施策」として盛り込まれているのが、規制の「サンドボックス」制度の導入だ。

 規制改革会議で取り上げられたもので、新しい技術の実証実験を行えるように、規制を一時停止する制度。参加者や期間を限定することにより試行錯誤を許容する。例えば、自動走行車両の実証実験では公道を走行してデータを集積することが不可欠だが、現状の道路交通法などではそうした実験は想定していない。

 未来投資戦略では、「世界中で予測困難なスピードと経路で進化する中、社会を巻き込んで試行錯誤をしていくプロセスが有効」だとしている。そのうえで、「完全なデータと証明がないと導入できない従来の硬直的一律の制度設計では世界に後れを取ってしまい、日本は先行企業の下請け化するかガラパゴス化するしかなくなってしまう」と訴えている。

AIが仕事を奪う? 未来投資戦略は“楽観的”

 新しい社会を目指して変革を進めようとする場合、壁となるのは規制だけではない。旧来型の産業を新しい形に作り変えて行く「新陳代謝」が不可欠だが、旧来型の産業で働く人が職を失いかねないという「労働」の問題に直面する。

 この点、今回の戦略は楽観的だ。

 「(AIやビッグデータの活用が必須となる)第4次産業革命は、生産性の抜本的改善を伴うことから失業問題を引き起こすおそれがある。しかしながら、日本は長期的に労働力人口が減少し続けることから、適切な人材投資と雇用シフトが進めば、他の先進国のような社会的摩擦を回避できる」

 つまり、人口減少で働き手が今後減っていく日本は、他の先進国のように、変革に伴う失業を生まずに、うまく労働力のシフトが進んでいく可能性があるとしているのだ。また、未来投資戦略ではこうも指摘する。

 「日本は世界に先駆けて、生産年齢人口の減少、地域の高齢化、エネルギー・環境問題といった社会課題に直面している。これは第4次産業革命による新たなモノ・サービスに対して、大きな潜在需要があることを意味する」

 つまり、少子高齢化などの課題を抱える日本の方が、新しい産業やサービスを生み出していく余地が大きいとしているのだ。

 そういう意味では、ドライバーの人手不足や過重労働が深刻な社会問題になっているトラック運送などで、真っ先に新しい動きが出てきそうだ。実際、トラックを高速道路で無人で隊列走行させる構想が動いている。

 今回の未来投資戦略の中でも、「早ければ2022年に商業化することを目指し、2020年に新東名高速道路での後続無人での隊列走行を実現する」という工程を明記している。そのうえで、 2017年度中に後続車にも人が乗るシステムの公道実証を開始、2018年度からは後続車無人システムの公道実証を始めるとしている。

 さらに、「無人自動走行による移動サービスを2020年に実現する」としており、今年度から全国10カ所以上で公道実証を実施するという。

 また、ドローンを使った荷物配送についても、2018年に山間部で実施、2020年代には都市での荷物配送を本格化させたいとしている。

 もちろん、いくら政府が旗を振っても、企業がやる気にならなければ新産業へのシフトや新技術・新サービスへの投資は進まない。そこで政府が考えたのが、コーポレートガバナンスの強化。安倍内閣アベノミクスのひとつの柱として取り続けてきた、企業に「稼ぐ力」を取り戻させるために経営者にプレッシャーをかける、というやり方だ。

相談役・顧問についての情報開示を求める

 今回の未来投資戦略では「コーポレートガバナンス改革を形式から実質へ」と進めることで「稼ぐ力を強化する」としている。

 政府の問題意識は、「取締役会において、将来の経営戦略についての十分な議論がなされていない」というもの。つまり将来の成長分野への積極的な投資や、不採算分野からの撤退がきちんと行われていないことが日本企業の低収益に結び付いているというのだ。AIやビッグデータを活用する新事業に果敢に挑む経営に変えていくには、コーポレートガバナンスを形式だけでなく実質的に機能させていくことが不可欠だという。

 そのうえで、今回の柱として打ち出したのが、「相談役・顧問等についての情報開示制度」の創設。日本企業では、退任した社長やCEOがその後も相談役や顧問などとして企業に居座り、隠然たる力を持ち続けているケースがしばしばみられる。社長ら取締役会ではなく、何ら権限がないはずの元社長などの相談役が実質的に最終決定権限を握っているような例だ。そんな「老害」がガバナンスの機能を阻害しているというわけだ。

 こうした「相談役、顧問等について、氏名、役職・地位、業務内容等を開示する制度」を「本年夏頃を目途に創設し、来年初頭を目途に実施する」よう東京証券取引所に求めている。

 具体的な開示項目についてはまだ決まっていないが、これから本格化する株主総会で相談役や顧問の有無などについて質問が出ることが予想される。株主総会に詳しい弁護士によると、「多くの会社で相談役や顧問を廃止する動きがすでに出始めている」という。開示制度の導入が日本企業の行動様式を変え、新分野への投資を拡大させることになるのか、大いに注目される。