「いつでも・どこでも」を実現したユニリーバ WAAで生産性が30%向上〜島田由香取締役に聞く

日経ビジネスオンラインに6月30日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/062900047/

 日用品大手のユニリーバ・ジャパン(東京・目黒)は2016年7月から「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」という、働く場所・時間を社員が自由に選べる人事制度を導入した。上司に申請すれば、理由を問わず、自宅やカフェなど会社以外の場所で勤務でき、しかも平日の朝6時から21時の間で自由に勤務時間や休憩時間を決められる、という制度だ。

 究極のフレックス制とも言えるが、制度導入から1年たって果たしてどんな結果になっているのか。ユニリーバ・ジャパン・ホールディングスの島田由香・取締役人事総務本部長に聞いた。




ユニリーバ・ジャパン・ホールディングスの島田由香・取締役人事総務本部長


67%の社員の生活が「良くなった」

――WAAの導入から7月1日で1年になりますが、どんな評価ですか。

島田:会社としては、全体的にみて成功していると捉えています。もちろん様々な声がありますので、それに耳を傾けながら、本当に変えるべきことは何なのか、それは会社が変えることなのか、それとも働く本人が変わるべきなのか、2年目以降はそこを深めていきたいと思っています。

 これまで計4回、ほぼ3カ月ごとに社員にアンケートをしてきました。時が経つにつれ利用率が増え、制度への理解も深まっていると感じます。

――どんな声が多いのですか。

島田:例えば「導入前・導入後で、あなたの毎日の生活はどうなりましたか」という質問には、最新のアンケート結果で67%の社員が「良くなった」と答えています。また、労働時間は4分の1の人が「短くなった」と感じている。実際の時間をとってみても、10〜15%減ってきています。

――働き方を変えて、時間も短くなって、成果は落ちていないのでしょうか。

島田:最近、話題の「生産性」ですね。これも上がったと感じている社員が多いのです。生産性については、私自身、思いがありまして、どう測定するかあれこれ考えました。アンケートでは、「導入前を50としたときに、導入後あなたの生産性は0〜100の間でどうなったか」と聞いています。51以上ならば生産性は上がった、49以下なら下がったというわけです。

課題は「IT」と「コミュニケーション」

島田:結果は平均で66なんですね。66を単純に50で割ると30%生産性が上がったことになります。しかも75%の社員が51以上の数字を書き、生産性が上がったと言っている。

 下がったという社員は10人以下、3%です。理由は大きく2つあって、1つはIT(情報技術)です。リモートでデータにアクセスしたり、スカイプで会議というのは必須ですが、それに不具合があると生産性が下がっていると感じる。もう1つはコミュニケーションが取りにくくなり、生産性が落ちたという声です。

 「WAAが始まって困っていることはあるか」という問いに、最初は56%の人が困っていると答えていたのですが、今は43%にまで減っています。それでも、43%の人が何かしら困ったなと思う時があるわけで、それも大半が「IT」か「コミュニケーション」です。

 「ねぇ、ちょっと」と言った時に周囲に同僚がいないため意思疎通がうまくいかない、というわけですが、使う人のマインドセットの問題が大きいように感じます。特にマネージャーの意識ですね。マネージャーによって、制度への理解や活用の仕方に差があります。この制度をどう使うかというマインドセットのところで、力量の違いが見えます。その力量の差が非管理職の皆さんの不満とか不安につながっている。今年はこの点を深めたいと考えています。

――制度の対象者は。また、どれぐらい利用されているのでしょう。

島田:工場以外の社員全員で380人くらいですね。「一度でもWAAを使いましたか」との問いに、最初は利用率が78%くらいだったのですが、半年経過したころには9割を超えました。

――どういう使い方が多いんですか。

島田:WAAで言う「Work from anytime」の方は、朝の6時から夜9時までの間に仕事してくださいとお願いをしています。基本は夜は休んでほしい。私たちが言っているのは、「タイムマネジメント」ではなく、「エネルギーマネジメント」。エネルギーのチャージをどうやるか。やはり睡眠は大事です。万が一、それ以外の時間に仕事する場合は、役員の許可が必要です。

 場所のWAAも時間のWAAも、1番多い利用頻度は月1、2回で40%くらい。次に多いのが、時間の方が週1、2回で20%くらい。場所の方は2週間に1、2回で17〜18%くらいです。

有給休暇はポジティブに使いたい

――どういう理由で使う人が多いのでしょうか。

島田:アンケートのコメントで1番多いのは、「通勤ラッシュの回避」ですね。あるいは「通勤そのものの回避」。ラッシュ時に電車に乗らない、通勤ラッシュに遭わないというのが、身体と心にどれだけ楽なのか分かったという声はものすごくあります。ラッシュで体力も気力も使わないから、仕事をより効果的にできるという声ですね。これに付随してある声が、家族との時間が増えた、というもの。夫婦・家族の絆が強くなったという声が多いです。

 もう1つ同じくらい多いのが、病院への通院とか、学校の行事に使えるのがうれしいという声です。はっと気付いたのですが、これまでは半休か有休をとって通院したりしていたのですね。WAAの「いつでも」の方は、1日の就業時間を細切れにできるわけです。例えば1時間働いて、3時間病院に行って、戻って仕事ができる。有休や半休をとらなくて良いのです。やっぱり有休は、旅行に行くなどポジティブなものに使いたいわけですね。

――WAAは他の会社にも影響を与えていますね。

島田:私は勝手にWAAエフェクトって呼んでいますが、他の会社も同じような仕組みを取り入れ始めた。WAAのような取り組みが広がっていったらいいなと思っています。WAAと名付けたのには、ワーっと広がってという意味もあるのです。本当にワーっと広がって、日本がみんな幸せになったらいいのにって。私は本当にこれでできると信じています。

 地方でもWAAが広がれば地方再生とか地域活性化につながる。実家に1カ月戻っても構わないとなれば、地元の活動ができます。いろいろな地域にコア・ワーキングスペースのようなものがあって、旅行しながら働けるというのも良いんじゃないかなって、そんなことを思っています。

 実はWAAには、本当にたくさんの方から反響を頂いています。今の働き方が何かおかしいと思っている人が多いのだなって感じます。反響が大きかったのでWAAについての説明会を開いているのですが、毎回100人近い方が来られ、累計で500人超えました。その方たちの中で、WAAの考え方に共感した人と「チームWAA」というコミュニティを作っているんです。これも今500人を超えました。今年は「チームWAA」の人と毎月1回必ずディスカッションやワークショップを行っています。

――いま、政府が「働き方改革」の旗を振っています。

島田:国として今「やろう」っていうことは、とっても良いチャンスだと思います。私は「働き方改革」というのは、「生き方を変える」ことだと思っているんです。日本人は、自分で決めることがものすごく少ない。教育も何もかも、こうしなさい、と言われる。それで回っていた時は良かったのですが。そういう時代ではなくなった。ですから「超チャンス!」だと思っています。

「仕事の明確さ」が最も重要

――「働き方改革」では、労働時間規制の強化などが柱になっています。ユニリーバの労働時間はどう決めているのですか。

島田:WAAでは、今は1日の所定労働時間には満たなくても構わないことになっていますが、「月間は守ってください」と言っています。うちは1日が7時間35分なので、それ掛ける月の労働日数。もし足りなかった場合には、有休を当てるなど自分で調整して下さいと言っています。ただ、月間で縛るのも私は将来的には変えたいと思っています。

 私は本当は、結果さえ出せば、良いと思うんです。今まで1か月かけてある成果を出していたのが、2週間で出せたのだったら、残りの2週間どこか旅行に行っても良い。もちろん、極端な話ですよ。しかし、今の制度では、1か月の所定労働時間を守らねばならないので、2週間違うことをして1か月を満たさなければならない。本当に結果だけを見るのなら、年間で調整していくのが良いのかな、と考えています。仕事を結果でみていくのであれば、時間で計るのはおかしいのではないかと感じますね。

――WAAが成功している理由は。

島田:WAAの成功につながった背景には5つのポイントがあります。1つはトップのコミットメント。社長や役員メンバーがコミットして「やろうよ!」ってしていること。2つ目は、何か問題があったからWAAを始めたのではなくて、「ユニリーバから、みんながもっとイキイキと働いて、人生豊かに過ごす社会を作りたい」というビジョンからスタートしていること。

 3つ目は「グロースマインドセット」。成長のマインドセットとかいう言い方をしますけど、何かあった時に「ダメだ」って見るんじゃなくて、「やってみよう」というポジティブに考えるマインドセットでやったこと。それとあと「テクノロジー」は絶対ですね。これで4つ。1番最後が「仕事の明確さ」だと思います。これが肝だな、と思っています。

――「仕事の明確さ」ですか。

島田:決して、「ジョブディスクリプションの有無」ではありません。ジョブディスクリプションを全部作るのは無駄。それよりも、マネージャーと部下の対話、これが肝だなと思います。例えば、部下に対して、うちの会社にはこういうゴールが今年ある、そこから見たときに私がやるのはコレで、それをサポートしてほしいし、リードしてほしいから、あなたにはコレをやってほしい、と話をするわけです。これで自分のやることが、会社のゴールと結びついていく。互いに話をして、期待値を合わせていくことですね。