企業の「内部留保」が4年で100兆円増加 労働分配率の低下はようやく底打ち

日経ビジネスオンラインに9月8日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/090700058/

全産業の当期純利益は18.9%の増加

 企業が事業から得た利益のうち、配当や設備投資などに使わずに蓄えとして手元に残している「内部留保」が増加を続けている。全国3万社あまりの企業を調査する財務省の法人企業統計が9月1日に発表されたが、それによると2016年度末の「内部留保」は406兆2348億円と、初めて400兆円を超え、過去最高となった。

 安倍晋三首相は「経済の好循環」を実現するために、経営者らに対して、過去の内部留保や利益の増加分を賃上げや設備投資に回すよう協力を求め続けている。賃金はようやく上昇の兆しが見え始め、企業が稼いだ付加価値のうちどれだけ人件費に回したかを示す「労働分配率」は下げ止まったが、まだまだ儲けが十分に分配されているとはいえず、結果、内部留保の増加に結びついている。

 企業業績は好調さを維持している。アベノミクスの開始以降、円安水準が定着したことで、輸出企業を中心に採算が大幅に好転、利益が増えている。また、国内景気も明るさを取り戻しつつあり、内需型企業の業績も順調に伸びている。

 金融・保険を除く全産業の売上高は1455兆円と前の年度に比べて1.7%増加、当期純利益は49兆7465億円と7兆9150億円も増えた。率にして18.9%の大幅な増加だ。

 企業の儲けが大きく増えている一方で、なかなかその恩恵が従業員に及ばない。企業が生み出した付加価値の総額は5兆円あまり増え、298兆7974億円となったものの、そのうち人件費に回ったのは201兆8791億円。いわゆる労働分配率は67.5%ということになる。労働分配率アベノミクスが始まる前の2012年度には72.3%だったが、毎年低下を続け、2015年度は67.5%にまで低下した。

 安倍内閣は企業の国際競争力を維持するためとして法人税率の引き下げを行ったが、その恩恵は従業員には行かず、もっぱら内部留保として蓄えられる方向に進んだ。ちなみに2012年度末の利益剰余金は304兆4828億円だったので、4年で100兆円増加したことになる。

 労働分配率が低下を続けてきたことには、麻生太郎副総理兼財務相らが政府の会議で苦言を呈するなど、問題視され続けてきた。安倍首相も財界首脳に対して繰り返し賃上げを要求。4年連続でベースアップが実現するなど、ムードは変わりつつある。

人件費総額は3年連続でプラスに

 2016年度の人件費総額201兆8791億円は前年度に比べれば1.84%の増加で、3年連続でプラスとなり、15年度の増加率1.18%よりも大きくなった。ようやく人件費の増加が鮮明になり始め、労働分配率の低下に歯止めがかかってきたとみていいだろう。

 一方で、これまで増え続けてきた配当が2016年度は減少に転じた。配当金の総額は20兆802億円と9.6%減った。当期純利益は大きく増えたので、純利益に占める配当の割合は前の年度の53.1%から40.4%へと大きく低下した。

 配当に関しては生命保険会社や投資信託運用会社などが配当の増額を企業に求め続けてきた。機関投資家のあるべき姿を示したスチュワードシップ・コードが導入されたこともあり、配当が十分でない企業の株主総会で議案の利益処分案に反対票を投じたり、経営トップの再任議案に反対したりするケースが増えている。機関投資家によっては、会社側提案の1割以上に反対票を投じているところもある。

 こうした「コーポレートガバナンス」の強化によって、企業経営者は利益の増加分を優先して配当に回す傾向があったが、前年度は利益の伸びが鈍化したこともあり、配当を減らす動きが強まったとみられる。

 配当を増やしてきた事に左派系政党などからは、「金持ち優遇」という批判もあったが、現実には年金の運用や生命保険の運用にとって大きなプラスになり、保険契約者の利益につながっていた。社会構造の変化によって配当の増額は必ずしも一部の資本家を優遇する事にはならなくなっている。

 そうは言っても、広く企業の利益増加の恩恵を配分して、「経済好循環」を実現するには、人件費を増やし続けていく必要がある。人件費の伸びは利益の伸びほど大きくなっていないのが実情だ。

 企業が給与の引き上げに慎重なのは、日本の場合、いったん給与を引き上げると、景気が悪くなったからと言って、引き下げることが難しいという現実がある。ボーナスならば業績連動ということもあり得るが、月々の給与を増やした場合、なかなか元に戻すことはできない。

 さらに給与を引き上げた場合、それに付随して年金保険料や健康保険料など社会保険の会社負担分が上乗せされるという現実問題がある。社員も給与が増えても社会保険料の自己負担や所得税、住民税が増えるので、恩恵を感じにくいばかりか、企業にとっても負担が大きい。しかも、年金の保険料率は毎年引き上げられており、今年秋を最終年度として引き上げ率も決まっている。

法人税率が下がっても、税収は増加

 中小企業の場合、社会保険料負担のないパートタイマーの採用などを優先し、賃上げには慎重になるケースが少なくないのだ。

 では、「内部留保」が増え続けるのを止めることはできないのか。

 財務省は2012年に、日本経済が成長しない理由を分析して2つの原因があるという結論を得た、1つはグローバル化に乗り遅れたこと、もう1つは企業が内部留保として資産をため込んだために、経済循環が止まったというものだった。安倍首相が「経済好循環」を繰り返し口にし、給与の引き上げなどを求めている背景には、こうした分析がある。

 いったいどうすれば企業に内部留保を吐き出させ、経済のエンジンを回すことができるのか。

 財務省内でくすぶっているのは「内部留保課税」だ。剰余金として持っているとそれに課税されるとなれば、企業は他のものに使うだろう、という発想である。韓国が導入したほか、欧米先進国でも「資本金課税」などの形で似たような仕組みを導入しているところがある。

 もちろん、経済界は大反対である。そもそも剰余金は、利益に課税された後の残りなわけで、さらにそれに税金をかければ「二重課税」になる。利益をどう使うかという企業の自由度を奪うことにもなりかねない。

 ちなみに、法人税率を引き下げた結果、その税金分が内部留保に回っている、つまり、減税分を還元していないという主張は間違いだ。法人企業統計の付加価値構成の中には、「租税公課」という項目があるが、2016年度は11兆131億円に達している。前の年度に比べて4%増えているのだ。法人税率引き下げが始まる前、2012年度の8兆9523億円と比べれば2兆円以上増えている。税率が下がっても税収は増えているということなのだ。

 話を戻そう。内部留保を吐き出させる方法は他にもある。コーポレートガバナンスの強化だ。機関投資家はその企業に成長性があるかどうかを見極めて投資をする。あるいは長期投資している企業に対しては、経営方針が間違っていないかどうかを見極めて、議決権行使をする。

 今後、少子化が進む日本では、企業の成長を担う人材の確保が大きな課題になる。そのためには優秀な人材を採用し、つなぎとめておくだけの待遇や職場環境を保たねばならない。

 現在の企業情報の開示制度では、財務情報が中心だが、「働き方改革」が進む中で、どう従業員確保に取り組んでいくか、という方針を開示させることが大きな意味を持つだろう。例えば、労働分配率のメドを示させたり、報酬や将来の昇給に対する考え方や方針を明示させたりすれば、企業はより給与の引き上げに力を注ぐことになる。

 また、そうした会社を投資対象として「良い会社」だと機関投資家が判断するようになれば、企業経営者としては対応せざるをえなくなる。国家権力による「課税」という形で強制的に内部留保を減らすよりも、利益分配の方針を自ら開示させ、それを投資家や従業員などのステークホルダーが判断していく方が、資本主義社会の中ではより健全ではないだろうか。

 増え続ける「内部留保」を放置し続ければ、批判が一段と高まり、強制的な課税などへと動いていくことになりかねない。