機関投資家「議決個別開示」の破壊度

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 機関投資家の間で、保有株の議決権行使内容を個別開示する動きが急速に広がっている。野村アセットマネジメントが7月18日に今年1月から6月までの株主総会での議決内容を個別開示したほか、三井住友信託銀行が7月26日に、大和証券投資信託委託が8月1日に開示した。さらに、三井住友アセットマネジメントが8月末に、住友生命保険が9月上旬に開示した。第一生命保険も9月中にも公表する。
 機関投資家のあるべき姿を示す「スチュワードシップ・コード」を金融庁が改定、「個別開示」を求めた。コードに強制力はないため、機関投資家によって対応に差が生じ、日本生命保険は当面開示を見送るとした。
 2014年のスチュワードシップ・コードの導入によって、機関投資家は「もの言う株主」へと変化することが求められてきた。保険会社ならば保険契約者、投信会社ならば投信保有者の利益を最大化するよう行動しなければならないとされ、議決権行使でもそれが求められるようになった。旧来は、機関投資家である金融機関と企業の取引関係やグループ関係などが重視され、経営者側の提案に無条件に賛成するケースが多かった。それが、スチュワードシップ・コードの導入で大きく変化していると言われていた。
 今回、「個別開示」が始まり、機関投資家の議決権行使が具体的に明らかになりつつあることで、日本の機関投資家が極めて「真面目に」議決権行使を行いはじめていることが明らかになってきた。会社側提案に反対したケースが予想以上に多いのだ。
 野村アセットマネジメントの場合、4〜6月総会1,692社の会社提案1万8,250議案のうち、8.5%に当たる1,560議案で反対している。買収防衛策の導入や更新には100%反対したほか、退職慰労金の支給でも54%に反対。監査役の選任でも独立性が低いと見なした場合など、24%で反対した。取締役選任議案では「業績不振、重大な不祥事、財務情報の大幅な開示遅延などで株主利益を毀損した場合」に責任があると判断した取締役候補者に反対票を投じたという。
 個別開示の内容を見ると、不正会計問題や原子力発電事業での巨額損失で決算発表が大幅に遅れた東芝については、綱川智社長と平田政善CFO最高財務責任者)に反対票を投じた。
 また、子会社で会計不正が発覚した富士フイルムホールディングスの取締役選任議案では、古森重隆会長、助野健児社長ら3人に反対した。株主総会では、古森重輶会長の選任議案への賛成が83.26%、助野健児社長への賛成票が80.51%にとどまった。他の取締役候補が軒並み90%以上の賛成票を得た中で、反対票の多さが際立ったが、野村アセットのように反対票を投じた機関投資家がいたことをうかがわせる。
 大和投信の場合、6月総会会社1,686社の会社提案5,815議案のうち、1,046議案に反対。反対比率は18%に上った。買収防衛策への反対は90%に達し、取締役選任議案でも36%に反対票を投じた。
 三井住友信託は4〜6月の1,710社の総会での会社提案1万8,497議案のうち、12%に当たる2,241議案に反対した。業績悪化が続く会社や、配当が基準を満たさない会社などで、取締役選任に反対しているケースが目立った。
 株主が提案した議案に賛成するケースも増えている。これまでは考えられなかったことだ。大和投信は株主提案197議案のうち6議案に賛成、三井住友信託は株主提案212議案中5件に賛成した。
 野村アセットは211あった株主提案のうち、15議案に賛成しているが、いずれも定款変更を求める議案だった。武田薬品工業では、経営陣が反対した株主提案に賛成票を投じた。相談役・顧問を置く場合には株主総会の議決が必要なように定款を変更せよ、というのが株主提案の内容だった。
 こう見ると、株式持ち合いによって経営者が白紙委任を受けてきた時代は確実に終わりに向かっている。メーンバンクなど大手銀行は、株式保有そのものを見直すケースが増えている。経営者は多くの株主からきちんと「支持」を得られる経営をしなければ、株主総会を乗り切れなくなりつつあるのだ。
 議決内容が個別に開示されることによって、他の機関投資家や個人株主などに影響を与えることは必至だ。大半の機関投資家が反対する議案に賛成した場合、その理由を問われることになる。機関投資家が「物言う株主」に変わっていく流れは、もはや止まることはないだろう。