経営者報酬、全く業績と連動せず 粉飾決算による「もらい得」を許すな

日経ビジネスオンラインに9月22日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/092100059/

ゴーン氏の巨額報酬に仏ルノー株主が反発

 日本の経営者の報酬は低いのか。長い間、欧米企業の経営者に比べて「薄給」だとされてきた日本企業の経営者の報酬がここへ来てうなぎのぼりだ。2016年度に1億円以上の報酬を得た上場企業の役員は457人に上り、インセンティブとして「株式報酬」を導入している企業は1000社を超えた。

 経営者報酬コンサルティング大手の「ペイ・ガバナンス」によると、日米欧の大手企業の最高経営責任者(CEO)の報酬額(2016年度のCEO報酬の中央値)は、米国の11億8700万円、欧州の7億3900万円に対して、日本は1億8300万円と大きな開きがある。ところが、基本報酬だけをみると、米国は1億5400万円、欧州は1億9200万円に対して日本は1億900万円と、その差はぐっと小さくなる。

 しかも日本のCEOの報酬の56%は基本報酬である。米国のCEOの場合、報酬全体の66%が株式報酬などの長期インセンティブだ。つまり、日本の場合、業績に関係なく現金で定額が支払われる割合が大きく、その額はどんどん欧米に近づいている。一方で、長期的な業績連動型の報酬はまだまだ小さい、というわけだ。

 ペイ・ガバナンス日本の阿部直彦・代表取締役によると2016年度におけるTOPIX100企業の経営者報酬と、営業利益の間には全く相関が無い事が判明した、という。「最近導入が進んだ株式報酬も固定的で、かつ退職金代わりとして使われているケースが多く、ガバナンスが全く効いていない。社外取締役や報酬委員会、報酬コンサルタントは何をやっているのかと、疑問を感じる」と憤る。業績を上げても上げなくてもトップの報酬に変化がない、というのである。

 この「慣習」の違いが端的に表れたのが、日産自動車カルロス・ゴーン会長の報酬だった。

 ゴーン氏はフランスの自動車大手ルノーのCEOも務めるが、ルノーが6月15日にパリ市内で開いた株主総会では、ゴーン氏の高額報酬が槍玉にあがった。総会で審議されたゴーン氏の2016年の報酬はストックオプション(自社株購入権)などを含めて、約700万ユーロ(約9億円)。この金額に対して株主に賛否が問われたが、何と賛成が53%しか集まらず、ギリギリで過半数を超えた。

 実はゴーン氏の高額報酬は昨年も総会で問題視され、賛成票よりも反対票が上回るという異常事態になった。フランスのこの投票制度には拘束力がないのだが、ゴーン氏はボーナスを減額する対応を迫られることになった。しかもルノーの議決権の2割を握る筆頭株主のフランス政府も反対票を投じたと報じられている。

 一方で、ゴーン氏は日産自動車からも高額報酬を手にしている。2016年3月期には、ルノーの報酬とは別に、日産から10億7100万円の報酬を得た。ここで対照的なのは、ルノーの報酬の多くが長期インセンティブであるストックオプションだったのに対して、日産からの報酬は全額現金報酬として手にしていることだ。

 日本の株主総会では、役員報酬の総枠について議決をすることになっているが、それを誰にいくら配分するかについては取締役会に一任されている。CEOにいくら報酬が払われたかは、1億円以上の場合、有価証券報告書に記載されることになっているため、公表されているが、有価証券報告書が提出・公開されるのは株主総会の後である。フランスのように株主の厳しいチェックもなく、巨額の報酬がキャッシュで支払われているのが今の日本なのだ。

粉飾時も巨額報酬を得ていた東芝経営陣

 また、欧米では「クローバック」と呼ばれる条項が報酬契約に盛り込まれるケースが多い。経営者として在任した期間中の不祥事が後に発覚した場合、すでに期間中に支払われた報酬を返還するというもの。自らの高額報酬を維持するために不正を働くなど、報酬の「取り逃げ」を防ぐための規定だ。

 こうした規定がないために、日本では「もらい得」が横行している。典型的な例が粉飾決算に揺れ、その後も経営危機が続いている東芝である。

 東芝は2010年3期に197億円の最終赤字を出していた。当時の会長だった西田厚聰氏は取締役としての報酬8500万円と、執行役としての報酬1800万円との合計額1億300万円を固定報酬として受け取っていた。業績連動報酬としても400万円を得ている。

 赤字なのに1億円を超す報酬をもらう感覚にも驚くが、おそらく税引き前では272億円の黒字だったことで許されていた。ところが、その後に明らかになった粉飾決算による「かさ上げ」を修正すると、税引き前損益でも143億円の赤字だったことが判明している。

 西田氏ら歴代経営者は「粉飾をやれとは指示していない」と一切責任を認めておらず、刑事訴追もされていない。しかし、利益のかさ上げによって高額の報酬が維持されたと考えると、粉飾決算によって個人的な利益を得ていたと見ることもできる。粉飾で利益をかさ上げしていた2010年3月期から2014年3期の間だけで西田氏は6億円を超える役員報酬を手にしていたのだ。

経営者の報酬にも「ガバナンス」が不可欠

 欧米ならば、不正な業績を基に支給された巨額の報酬は返還せよ、と株主から求められるのが必至だが、「クローバック」がない日本では問題発覚後も返済せよという声が上がらない。東芝佐々木則夫・元副会長も、情報開示されている2012年3月期からの3年間だけで3億2800万円の役員報酬を得ていた。

 今後、日本の経営者の報酬はさらに増加していくことになるだろう。経営手腕が業績を大きく左右する激動の時だけに、業績を上げた経営者が高額の報酬を手にするのは悪いことではない。利益が増えれば、株主も従業員も潤うことになると考えれば、安いものだろう。

 だが、そのためには、その報酬が「適正」である必要がある。業績が上がっていないのに高額報酬をもらうような「理屈に合わない」高額報酬に対しても、欧米でも機関投資家などが反対票を投じるようになっている。日本でも経営者報酬の決定や支払い方にガバナンスを効かせることが重要になる。

 2017年6月に閣議決定された成長戦略「未来投資戦略2017」では、コーポレートガバナンスの強化策として、いくつかの取り組み方針が盛り込まれた。「形式から実質へのコーポレートガバナンス・産業の新陳代謝」と題された項目には、「経営システムの強化、中長期的投資の促進」策として、「企業における指名・報酬委員会の活用状況、経営経験者の社外取締役についての活用状況、インセンティブ報酬に関する導入・開示の状況等を本年度中に分析・公表する」とされている。

 金融庁東京証券取引所は、企業のあるべき姿を示した「コーポレートガバナンス・コード」を作成し、上場企業に遵守するか、遵守出来ない場合にはその理由を開示するよう求めている。2015年に制定されて以降、フォローアップが行われ、逐次改訂されている。成長戦略で求められている「インセンティブ報酬に関する導入・開示の状況の分析」が2017年度中に終われば、それをガバナンス・コードに反映させる作業が不可欠になる。

 欧州で広く実施され、米国で制度として導入されている「セイ・オン・ペイ」などを日本の株主総会でどう導入していくかも課題だろう。セイ・オン・ペイとは前述のルノー株主総会で行われているような、経営者の報酬に対して株主として株主総会で意見を表明する投票の仕組みである。

 金融庁は近くコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会合を再開する見通しだ。そうした中で報酬ガバナンスのあり方が大きな焦点になるのは間違いなさそうだ。日本企業に「稼ぐ力」を取り戻させ、その恩恵を従業員や株主に広く還元させるためにも、経営者に適切なインセンティブを与えることは重要だろう。そのためにも、欧米で行われている水準の制度整備は不可欠だ。