EU離脱への懸念ジワリ なのに英国で 消費バブル

隔月刊の時計専門雑誌「クロノス日本版」に連載しているコラムです。時計の動向などから景気を読むユニークな記事です。11月号(10月上旬発売)に書いた原稿です。

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クロノス日本版 2017年11月号【雑誌】

クロノス日本版 2017年11月号【雑誌】

 2019年4月にもEU欧州連合)から離脱する英国で、経済の先行きを懸念する声が日増しに強まっている。ここへ来て大手の金融機関が欧州事業の拠点をロンドンの金融街シティから欧州大陸の都市に移す動きが表面化し始めたためだ。にもかかわらず、足元は消費ブームが続いており、来年以降の経済失速の衝撃が大きくなるのではないか、という声も出始めた。
 もともと本社をドイツのフランクフルトに置くドイツ銀行は、これまでロンドンにも8000人近い従業員を抱えていた。ところが英国のEU離脱、いわゆる「ブレグジット」の動きが本格化するにつれ、ロンドンから半数の4000人をフランクフルトやベルリンに移す方針を打ち出した。来年早々にも人員異動を行うと見られている。
 また、英国の大手金融グループであるスタンダードチャータード銀行も、欧州での事業拠点をロンドンからフランクフルトなどに移す計画を進めている。米JPモルガンモルガン・スタンレーシティグループなどもロンドンから相当数の人員をEU内に移す考えだ。
 これまで英国ではブレグジットの後も、ロンドンが金融センターとしての地位を守り続けるとの見方が根強かった。ところがここへ来て、大手金融機関の大陸へのシフトが現実味を帯びるに従って、英国人の間に不安が広がりつつある。
 金融機関の判断は、EUの統一通貨ユーロにからむビジネスなどをロンドンで続けるのは難しいというもの。仮にその他の国際金融取引がロンドンに残ったとしても、かなりの人員がEU内の新拠点に移るのは避けられない。
 国際金融機関の従業員は言うまでもなく高給取りである。少なくとも一般の産業に比べれば収入はかなり多い。そうした人たちの仕事が大陸に移るとなれば、英国経済に相当大きなマイナスの影響が出るのは間違いない。
 ロンドンのシティ周辺には高級レストランなどが少なくない。高給取りのファンドマネジャーや投資銀行家、アナリストといった人たちが主な顧客だ。仮にこうした金融人口が1割減っても大打撃だ。金融機関の仕事が減れば、公認会計士や弁護士といった専門職の仕事も減る。所得が高い彼らがロンドンを後にすれば、当然、英国に落ちる所得税も減る。高級時計や宝飾品などの高額品消費にも影を落とすことになりかねない。
 ところが、今現在は逆の事が起きている。ブレグジットを見越して英国の通貨ポンドが大幅に安くなったため、英国への旅行客などが増加。英国は束の間の消費バブルに沸いているのだ。EU域内にいるにもかかわらず、通貨だけが大幅に安くなったわけで、いわば「いいとこどり」の状態になっている。
 このコラムでしばしば使っているスイス時計協会の輸出統計にも、それがはっきり表れている。スイス時計の英国向け輸出は、2017年1月から8月までの累計で、前年同期間比11.8%も増えているのだ。英国向け輸出額は8億2460万スイスフラン(約955億円)と、香港、米国、中国に次ぐ4位の輸出先になっている。去年の1-8月の中国向け輸出額は8億300万スイスフランだったから、それを上回っていると言えば、いかに英国がバブルになっているかが分かるだろう。
 今年、消費が盛り上げれば盛り上がるだけ、来年以降の落ち込みが大きくなると懸念する声もある。金融機関の移転先として名前が挙がるドイツのフランクフルトやアイルランドのダブリンでは不動産価格の上昇などが起きているとされる。本格的に移転が決まり、実際に金融マンなどが増えれば、それらの都市で高額品消費ブームが起きる可能性もある。
 ブレグジットによって、EU市民の英国への出入国が面倒になれば、英国が旅行先として選択されなくなる可能性もある。「国境」が高くなることで、EU諸国との貿易が減ることになれば、間違いなく英国経済にとってはマイナスだ。果たして英国経済はどこまで激震に晒されることになるのか。目が離せなくなってきた。