日経ビジネスオンラインに10月20日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/101900061/
上場廃止の危機に直面していた東芝に、東京証券取引所が救いの手を差しのべた。「特設注意市場銘柄(特注銘柄)」と「監理銘柄」に指定していた東芝株を10月12日付けで「指定解除」したのだ。
長年にわたる粉飾決算、原子力子会社の巨額損失の発覚と経営破綻、有価証券報告書の提出遅延や監査法人からの異例の「限定付き適正」意見など、次から次へと問題が持ち上がった東芝だが、東証は「同社の内部管理体制等については、相応の改善がなされた」と認定した。監査法人は内部統制について「不適正」とする意見を出していたが、東証はそれをあっさり「無視」した格好である。
東証の後ろには金融庁や霞が関、あるいは政治の「意向」があるのは明らかで、東証はそれを「忖度」して結論を出したのだろう。なにせ、上場廃止かどうかを決める東証の自主規制法人の理事長は元金融庁長官の天下り指定ポストなのだ。
しかし、なぜ当局者たちは、そこまでして東芝を守ろうとしているのだろうか。東芝の社員を守るためか。東芝が持つ技術の流出を避けたいからか。それとも「東芝」という老舗の看板を残すためなのか。
いずれも表面上は、東芝救済の理由とされている。だが、本当にそうなのか。
東芝という看板、つまり「東芝ブランド」はすでに東芝だけのものではなくなっている。東芝は2016年、白物家電の子会社だった「東芝ライフスタイル」の80.1%の株式を中国の家電大手である美的集団(広東省)に売却した。その際の契約で、美的集団は白物家電に「東芝」ブランドを世界中で40年間使えることとした。つまり、TOSHIBAとラベルが付いている洗濯機でも、実は美的の製品ということになる。
東芝が白物家電の売却を美的と合意したのは、2016年3月末。決算期末で債務超過に陥らないために、ブランドごと白物家電を売ったのである。ブランドよりも債務超過回避が優先されたわけだ。
このタイミングで、医療機器子会社の東芝メディカルシステムズもキヤノンに売った。将来の成長を担うと期待された虎の子の事業をあっさり売却したのだった。東芝の子会社ではなくなった今も東芝メディカルの名前を使い、キヤノン・グループと添え書きされている。
では、技術の流出を避けるために、東芝を守ろうとしているのだろうか。
今年3月頃、首相官邸から霞が関の関係各所に「東芝を守れ」という指示が飛んだ、と言われる。東芝が上場廃止になり潰れることになれば、東芝が持つ半導体技術が、中国や韓国などのライバルメーカーに流出する、それを絶対に防げ、というのが理由だった。これを受けて経済産業省は東芝の半導体子会社である東芝メモリの売却先探しに全面的に協力する。
すったもんだの末に決まった売却先は米ファンドのベインキャピタルを中心とするグループで、ここには韓国の半導体大手SKハイニックスも参加していた。海外への技術流出をさせない、と言っていたはずが、一転して韓国企業も加わる「日米韓連合」に売却が決まったのである。東芝を守りたい本当の理由は「技術流出の回避」ではなかった、ということになる。
では、東芝の社員を守るためなのか。
これも違うようだ。分社化して売却された事業で働く人たちの雇用を守っているのは、美的集団やキヤノンなど売却先の企業である。では稼ぎ頭をどんどん失っていく東芝本体の社員の雇用は確実に守られるのか。儲かっている事業売却で空洞化が進めば、雇用を維持することは難しくなる。それを察知した中堅若手の社員が、今、東芝を次々に去っている。債務超過を回避し、上場を維持することは、社員を守ることにはなっていない。
では、何のために「東芝」という会社組織を守ろうとしているのか。どうやら「銀行」の利益を守るために、債務超過や上場廃止を避け、収益事業を売却しているのではないか、という結論にたどり着く。
債務超過になると、東芝に巨額の資金を貸し付けてきた銀行は、「要注意先債権」あるいは「破綻懸念先債権」として、引当金を積む必要に迫られる。つまり、銀行の業績に大きな影響を与えるのだ。当然、融資責任や業績悪化の責任を経営陣は追及されることになる。
会社更生法などの適用を申請して東芝が「再建」を目指した場合、当然、銀行は融資の相当割合を免除する「債務カット」に応じなければならなくなる。銀行など融資者の立場から、債権を保全しようと考えれば、債務超過や上場廃止、ましてや法的整理などは受け入れられない話なのだ。
東電救済と同じことが起きつつある
東京電力が福島第1原子力発電所の事故を起こして経営が成り立たなくなった際、東京電力を破綻処理して国民負担を小さくしようという意見が霞が関にもあった。最終的には東電を存続させることで決着したが、当時の政権幹部の元には大手銀行の幹部が通い詰め、東電存続の重要性を訴え続けた。
もちろん、東電を潰せば、巨額の貸し付けの債権カットを求められることが必定だったからだ。結局、東電は存続し続け、東電株は上場廃止にもならなかった。一見、上場廃止にならなかったことで株主が恩恵を受けたように見えるが、実態は銀行が最大の恩恵を受けたと言って過言ではない。東芝でも、今まさに同じことが起きようとしている。
東芝の株主からすれば、虎の子の医療機器や半導体を売却してしまえば、将来の収益源を失うわけだから、株主価値を大きく毀損することになる。これまで東芝は臨時株主総会などで、こうした事業の分社化と売却の承認を得てきたが、純粋に株主の立場からすれば、反対の声が大きく出てもおかしくない。しかし、実際には総会で圧倒的多数で売却が承認されてきた。
それはなぜか。銀行や保険会社などが東芝の大株主として賛成したからである。だが、銀行や保険会社は東芝に対する貸付金の回収に主たる関心があるのだ。債権を保全するために株主権を行使したと言ってもいい。
つまり、企業に融資をする「債権者」の立場と、投資をする「株主」の立場は相容れない、利益相反関係にあることを、東芝の「解体」は如実に物語っているのだ。米国では、銀行による事業会社の株式保有は禁止されてきた。債権者と株主で利益相反に陥ることがわかっているからだ。
日本の場合、長年、銀行を中心とする株式持ち合いが続いてきた。バブル崩壊以降、持ち合いの解消が進んできたが、まだまだ老舗企業の大株主には大手銀行などが名を連ねる。金融庁は、銀行が大量の株式を保有していると、株式市場が乱高下した場合に銀行経営を揺さぶるとして、縮小することを求めているが、実際は完全には消えていない。
政府も2014年6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」で、「日本企業の稼ぐ力を取り戻す」として、コーポレートガバナンスの強化をいの一番に掲げた。その柱として、コーポレートガバナンス・コードの導入が打ち出された、その後実現しているが、再興戦略の中にはこんなくだりがあった。
「持ち合い株式の議決権行使の在り方についての検討を行うとともに、政策保有株式の保有目的の具体的な記載・説明が確保されるよう取組を進める」
議決権行使の個別開示で一歩前進
日本企業にガバナンスを効かせようとした場合、長年にわたって最大の障害であると指摘されてきたのが株式持ち合いだった。そこに手をつけるとしたわけだ。
その再興戦略のたたき台になった自民党の「日本再生ビジョン」ではさらに踏み込んで「銀行等金融機関などの株式保有規制強化」が盛り込まれていた。
銀行は現在、企業が発行する株式の5%まで保有することが許されている。前述の通り、米国などでは銀行による株式保有は原則禁止されている。日本もこれにならって銀行による株式保有の規制を強化すべきだとしたのだ。
その後、コーポレートガバナンス・コードの導入などで持ち合いに関する意識は大きく変わりつつある。生命保険会社や信託銀行など機関投資家は、スチュワードシップ・コードの改正を受けた議決権行使結果の個別開示を今年から行うようになり、保有株の議決をどう行ったかが明らかになるようになった。機関投資家の中には、東芝の取締役選任議案に反対するところなども出始めている。
だが、銀行などの持ち合い株については、議決権行使内容を開示する義務はない。大手銀行が東芝の総会でどんな行動をとったかは分からないわけだ。
東芝を巡る対応は、債権者と株主の間に、明らかに利益相反が存在することを示した。日本もそろそろ銀行による事業会社株の保有を原則禁止にすべき時期に来ているように思う。