企業の「内部留保」400兆円 吐き出させるには課税が一番か?

月刊エルネオス11月号(10月1日発売)に掲載された原稿です。
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企業の貯蓄は四百兆円を突破
 総選挙ではアベノミクスに対抗する野党の経済政策が注目されたが、小池百合子東京都知事が率いる希望の党は、「内部留保課税」という耳慣れない税金を打ち出した。二〇一九年十月に予定されている一〇%への消費税率引き上げを凍結する代わりに、財源としてこの税金を検討するとしたのである。企業などから反発の声が挙がると、「課税にはこだわらない」と一気に後退したが、小池氏が主張した「内部留保課税」とは何なのか。
内部留保」とは、企業が事業から得た利益のうち、配当や設備投資などに回さずに手元に残している「貯蓄」のこと。財務省が全国三万社あまりの企業を調査する「法人企業統計」によると、一六年度の「内部留保」は四百六兆二千三百四十八億円と、初めて四百兆円を突破、過去最高となった。
 アベノミクスは開始早々、大胆な金融緩和などによって円高が修正され、企業収益は大きく改善した。全産業(金融業・保険業を除く)の経常利益はアベノミクスが始まる前の一二年度の四十八兆四千六百億円から四年後の一六年度には七十四兆九千八百億円へと一・五倍になり、二十六兆円も増えた。
 安倍晋三首相は一四年頃から、「経済の好循環」を訴え始め、経営者らに利益の増加分を賃上げや設備投資に回すよう協力を求め続けてきた。株主への配当だけは十三兆九千五百億円から二十兆八百億円へと一・四倍になったものの、人件費や設備投資の増加にはなかなかつながらず、多くが内部留保として企業内に蓄えられた。内部留保は四年間で百兆円も増えたのである。
 大企業を中心にベースアップが四年連続で実現するなど、賃上げムードは広がっているものの、増加率はごくわずか。これが、多くの国民が景気好転を実感できない最大の理由になっている。

企業経営者や経済界は反対
 この「内部留保」を企業にいかに吐き出させるのか。希望の党はこれに課税をすることで、企業経営者に貯蓄ではなく、設備投資や人材投資に儲けを再投資させようと考えたわけだ。四百兆円に一%の課税をすれば、四兆円の税収になる、という皮算用である。消費税率一%分で二兆円の税収増になるとされるから、八%から一〇%への増税を凍結しても財源は確保できる、というのが当初の発想だったようだ。
 実は、この課税は長年、財務省の一部官僚の間で話題にのぼってきたものだ。
 一二年に財務省内に設けられた内部の調査チームで、なぜ日本経済が成長しないかを分析した際、企業が利益を再投資せずに内部留保として蓄えてしまうからだ、というのが一つの答えとして導き出された。その内部留保を吐き出させるためには課税するのが手っ取り早いという声があった。
 だが、内部留保は企業が法人税などを支払った後の「剰余金」が積み重なったものだ。個人で言うならば銀行貯金である。そこにもう一度税金をかけるとなると明らかな「二重課税」だ。強制的に「企業部門」から「政府部門」へと資金を移転させるわけで、かなり左派的な色彩が強い政策ということになる。当然、企業経営者や経済界は反対である。
 安倍内閣は企業に国際競争力を持たせるために、法人税率の引き下げを断行してきた。共産党などは法人税率を下げる一方で消費税を引き上げるのは、企業に恩典を与えて庶民にツケを回していると批判する。
 これまでも政府は、企業に内部留保を吐き出させるために、設備投資減税や人件費を増やした企業への助成などを行ってきた。規制緩和などによって企業の投資意欲を喚起するのもオーソドックスな政策といえる。ところが、企業は投資リスクを取りたがらず、内部留保として将来不安に備えることを優先している。
 つまり、アメを与えてもなかなか内部留保を使わないならば、いっそムチとして課税してしまえば、企業が動くのではないか、というのが課税論だ。だが、課税を嫌って利益を海外に移転してしまったり、会社そのものが日本国外に移ってしまうことになっては元も子もない。

コーポレートガバナンス強化
 課税でもなく、優遇でもない中間的なやり方がある。コーポレートガバナンスの強化だ。年金基金や生命保険会社といった機関投資家が強くなれば、資本を眠らせる内部留保には批判的な声が強まる。配当の増額を求められたり、成長分野への再投資を要求する声が強まるのだ。米国企業では余剰資金を貯め込めば、ファンドなどにターゲットにされ、配当での吐き出しを要求される。日本の一部の資金が潤沢な企業が米国ファンドのターゲットにされたのも、こうした流れに沿っている。
 アベノミクスでは、コーポレートガバナンスの強化も一つの柱として掲げられた。機関投資家のあるべき姿を定めたスチュワードシップ・コードが導入され、機関投資家が徐々に「モノ言う投資家」に変わりつつある。また、企業としてのあるべき姿を規定したコーポレートガバナンス・コードが導入され、株主還元の強化なども求められている。
 ガバナンス強化の狙いは、企業経営者にプレッシャーを与えることで、成長分野への投資や、不採算部門からの撤退などを行わせ、企業の「稼ぐ力」を取り戻させようというものだった。その効果が徐々に表れているという見方もあるが、一方で、内部留保の増加が依然、止まらないのも事実だ。
 内部留保に課税するとなると、企業の持つ剰余金をいったん税金として吸い上げ、それを政府が社会保障などに使うことになる。計算上は辻褄が合うようにみえるが、企業はますます成長分野への投資などに慎重になる可能性もある。
 AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、フィンテックブロックチェーンなど、次々に新技術が広がり、産業が様変わりしていく中で、こうした分野への投資に、今こそ、潤沢な日本企業の内部留保が使われるべきだろう。ここで世界の変革に乗り遅れれば、日本企業の成長の芽は永遠に失われることになりかねない。